最悪な夜の、最悪な出会い
須藤淳
第1話
渋谷で久しぶりに、昔のバイト仲間たちと集まり、懐かしい話を肴にお酒を楽しんだ。
二軒目まで参加したところで、そろそろ帰ろうと席を立つ。
終電があるうちに帰ろうとしたのに、高田馬場駅に着いてから、家の最寄り駅までの電車がないことに気がついた。
「まーじかぁ……」
仕方なく飲んでいた仲間に連絡すると、まだ渋谷で飲んでいるという。
それなら合流しようと渋谷に戻るが、すでに店を出ていたメンバーから「オレはまだ終電ある」「家族に帰るって言ってあるからタクシーで帰るわ」と解散ムードになってしまい、思わず口をついて出た。
「朝まで飲むと思って戻ったのに。解散するなら、戻る前に言ってよー」
友人も酔っていたせいか、ムッとした表情を浮かべると、いきなり肩を強く押された。
バランスを崩し、路地裏の生ゴミ置き場に倒れ込む。周囲から笑い声が上がった。
怒りが込み上げたが、ここで言い争っても無駄だ。
黙ってその場を離れ、一人歩き始める。
どうせ電車はないのだから、新宿まで歩くことにした。
道すがら、前を歩く同年代くらいの男性が、ポケットからスマホを取り出す時にハンカチを落としたのに気づく。
偏見であることは理解しているが、こんな時間に渋谷を歩いている人間がまともなわけがない。などと、自分のことは完全に棚に上げつつ、警戒音は頭の中で確かに鳴っていたが、考えるより先に落ちたハンカチを拾ってしまい、足早に追いかけて「落としましたよ」と言いながら手渡した。
そのまま相手の反応も待たず、逃げるように早足で進むが、後ろから声をかけられる。
「ありがとう!どこまで行くの?」
「新宿まで歩こうと思って」
「俺もそっちだから、一緒に行かない?」
断る理由も思いつかないため、そのまま並んで歩き始め、当たり障りのない会話をしながら歩いた。
終電を逃すまで飲んでしまった情けなさ、八つ当たりで言ってしまったこと、突き飛ばされたことなどでモヤモヤした気持ちが、彼と歩くうちに少しずつ薄れていく。
「さっきから、すごい鳴ってない?」
上着のポケットでスマホが震え続けているのを、男が面白そうに指摘する。
友人からの着信だと分かっていたが、あまりにもしつこい。
仕方なく、「ちょっとすみません」と断って電話に出る。
「お前、今どこ!? さっさと電話に出ろや!!」
開口一番に大声で怒声が放たれる。
「……いったー。耳潰す気か……?」
スマホを耳から遠ざけるも、怒鳴り声はなおも続く。
「おまえ、変なやつ引き寄せやすいんだから、こんな時間に一人で歩くな!戻ってこい!!」
戻ってどうする!おまえら帰るだろうが!そんなに心配するなら突き飛ばすな、クソバカタレがっ!!などと怒鳴り返しそうになったが、知らないやつの前でケンカするのもバカバカしい。
「ちゃんと帰ってるから大丈夫。充電ないから切るね。おやすみー」
適当に返して電源を切った。
隣の男は笑いながら「なんか愛されてる感じ?」と軽く聞く。
そういうのじゃねーわ!と睨みそうになるが、「過保護で困りますよねー」と適当に応じると、すっと手を握られた。
「……なんですか?」
「いや、なんかへこんでそうだったから」
「いやいやいや。やめてくださいよ」
苦笑いしながら手を引こうとするが、ぐっと掴まれる。
「こういうのも、たまには良くない?」
そう言って、ぶんぶんと手を振る様子に毒気を抜かれ、なんとなくどうでもいい気分になり、そのまま新宿まで歩いた。
ようやく新宿に着き、手を離してもらおうと顔を向けると、突然引き寄せられキスをされた。
(はぁ?!)
慌てて振り解こうとするもガッチリ捕まり、「ホテルに行こ?」と耳元で囁かれる。
(あーくそっ! 変態だった!!)
振り払おうとした瞬間、すぐ真横から突然ヨレヨレのおじさんが声をかけてきた。
「新宿西口ってどこですか?」
急なおじさんの登場にビクッとしながら、男はイライラした様子で「知らねーよ!」と返した。
そのタイミングで拘束を解き、「新宿西口駅のことなら、この道を真っ直ぐ行ってロータリーの先!」と早口で答え、男には「ここまでありがと! バイバイ!」と言って、ダッシュで逃げた。
(てか、あいつらの言ってたとおりの展開じゃん!もーっ!!)
心の中で叫び、とにかく新宿から遠ざかるまで走った。
結局、高田馬場駅まで行き、始発の電車で帰宅。
家に着くなりベッドに倒れ込み、気がついたら夜になっていた。
二日酔いの気持ち悪さとキスされたショックで顔をしかめながら、腕を見ると擦り傷ができていた。あの時、突き飛ばされたせいだ。
「……さいっあくなんだけど……」
脱ぎ散らかした上着にスマホが入っているのに気づくが、電源を入れる気になれない。
「今度こそ、しばらくお酒やめる!!」
何度誓っても達成できない決意を、また心の中で繰り返す。
でも、ひとつだけ思った。
「あの男とどうにかならなくて、ほんっとによかったぁ……」
思い出すと泣きそうになる気持ちに蓋をするように、頭から布団を被ってふて寝した。
《完》
最悪な夜の、最悪な出会い 須藤淳 @nyotyutyotye
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