お内裏様って、いる?

茅野 明空(かやの めあ)



 三月三日。私は幼稚園から高校まで、お弁当が必要な学校に通っていたので、その日お弁当を開けると、あぁそういえば今日は“ひなまつり”だったと思い出した。


 母が丹精込めて作ってくれたひなまつりのお弁当は、もう芸術の域に達していた。あの頃、気軽に携帯で写真を撮る環境になかったことが、今となっては悔やまれる。(学校内での携帯の所持は禁止されていた)


 おにぎりで象られたお内裏様とお雛様。お雛様はチーズと桜でんぶで作られた着物をまとい、お内裏様はのりで作られたしゃくを手にしている。二人の横にはのりを駆使して作られたぼんぼり、まわりには柔らかな色合いの炒り卵が散らされ、本当に、絵のような美しいお弁当だった。

 家に帰れば、棚にはお内裏様とお雛様の人形が飾られ、夕飯にはハマグリのお吸い物と、ちらし寿司が出てくる。目に鮮やかなそれらの御馳走は、いつも私の心を浮き立たせた。


 ただ、小学生までは特に何も気にすることなく、ひなまつりを楽しんでいた。

 だが、中学生くらいから、私はなんだか釈然としない気持ちを抱くようになった。なんとなく、ひなまつりがいや。夜に出る御馳走は嬉しいんだけど、棚に毎年飾られる雛人形を見るたびに、うーんと言葉にできないもやもやが胸に渦を巻くのだ。

 結婚してからは子供もいないので、ひなまつりを祝う機会もなくなり、そんな若かりし頃の気持ちも忘れてしまっていた。だが、最近ふとその気持ちを思い出し、どうしてそう思ったのか改めて考えてみたら、私がひっかかっていた部分がわかってきた。


 あのさ、お内裏様って、いる?


 ひなまつりって、女の子の成長と健康を祈る行事なんじゃないの? なんでお内裏様とお雛様のセットで飾らなきゃいけないの? と思ってしまったのだ。


 ひなまつりの起源を調べてみたら、日本の文化と中国の上巳の節句が結びついたことに始まるとあった。さらに、平安時代に貴族の間で流行した「ひいな遊び」がそこに組み合わさって、今のような形になったと言われている。

 「ひいな遊び」というのは、私の勝手な想像だと、おままごとみたいなものかなと思うので、だからそこで男女セットの人形を飾るという風習になったのかな、とも思う。

 だけどそれと、「雛人形をすぐに片づけないと婚期を逃す」といううわさも加わって、どうも私には、「女子の幸せは“結婚”にある」みたいな主張がされているように思ってしまうのだ。


 多分、昔の私は、なんとなくそういう雰囲気を感じ取って、「ひなまつりがいや」だったんだと思う。夫に出会うまで、私は結婚願望皆無だったので、もう中学生のころからそういう思考が自分に根付いていたのかと思うとちょっとびっくりする。


 何が言いたいかというと、お内裏様には悪いけど、雛人形の主役ってやっぱりお雛様でしょ? 二人が並んでいても、どうしたって、女子の視線はお雛様に向く。

 煌びやかな着物をまとい、綺麗なお化粧をして紅を引いた唇をきゅっとすぼめているお雛様を見ると、私もこんな風に綺麗な女性になりたいなぁと憧れの気持ちが湧きあがる。

 だからさ、飾るのはお雛様だけでよくない? と思ってしまうのよね。(笑)

 いやほんと、お内裏様には悪いと思っている! 思っているけど! 私としては、お雛様の豪華バージョンをどーんとソロで飾ってみたい。

 こんな女性になりたい、という女の子たちの憧れと羨望を一手に引き受けるような、そんな新お雛様があってもいいのでは? なぁんて、馬鹿なことを考えてみたりした。

 まぁ昔は、女性の幸せは“結婚”と直結していたんだろう。そういう時代から連綿と受け継がれている行事なのだから、そういう仕様になっているのは当たり前のことだとは理解している。

 でも、今の女性の幸せってなんなんでしょうね? 結婚? 出産? 愛されること、愛すること? それとも、自分の欲求をとことん追及すること?

 そうなってくるともう、人間の幸せとは? という大きな議題になっちゃうんだろうけど。今の多種多様な価値観は、ある意味“幸せ迷子”も作り出しているのかもしれない。

 そんなことを考えさせられた。



 でも最後に、これだけは言える。

 十五年近く、毎年美しいひなまつりのお弁当と豪華な夕飯を作ってくれた母の愛。それは確実に、今の私を形作っている。直接感謝するのは恥ずかしいから、ここに多大なる感謝を表明しておきます!

 母の思うような“女の子らしい”女性にはなれなかったけど、めちゃくちゃ幸せに生きているので、本当に心から、ありがとう。





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