似た者同士のサヨナラのとき
倉田くら
似た者同士のサヨナラのとき
「新しい生活が始まるねぇ」
ぽそりと。その言葉と一緒に吐いた息は白い。
片田舎の無人駅。モコモコのアウターの襟で口元を隠し、ポケットに手を入れてホームに立つ。
私が電車に乗る予定はない。乗るのは並んで隣に立つ、幼馴染で「元カレ」だ。
「ホントは離れたくなかったって話?」
「いや。がんばってねって話」
「……ほんと、あっさりしすぎててさぁ」
ソイツはわざとらしく口を尖らせる。
私も負けじと大袈裟に溜息をついてみせた。
「私は仕事が楽しい。辞める気はない」
「わかってたけどさぁ……」
マフラーに口元を埋めてもごもごと喋るその男を、私は肘で軽く小突く。
「あんたは私が大好きだけど、海外行くのはやめないし、海外で仕事する夢も諦めないし、いつ帰ってくるかも決めないでしょ」
「そうだねぇ」
「じゃあしょうがないよねぇ」
まぁ、と後に続いた会話はそこで途切れた。
冷たい、しかし澄んだ風が私たちの間をすり抜ける。
沈黙は不快ではない。むしろ話さなくても心地よい関係性が気に入っていた。
私達は似た者同士で、似たもの同士すぎてお互いのやりたいことや、考えていることがわかりすぎて、それでどうにも身動きが取れなくなって離れることを選んだ。
選ぶしかなかったともいえる。
「……でもさぁ、見送りに来てくれたじゃん」
「まぁね。幼馴染だからね」
「ふうん」
事実を受け入れることと、感情で動くことには海よりも広い隔たりがあって、私達はどちらも前者の方が得意で。
しかし、少しだけ、足元を浜辺に打ち寄せる波に浸したくなってしまうことはあるのかもしれない。
「例えばおれが、勉強して、あっちで働いたりして、この経験を日本で活かそうってなって帰ってきたらさ」
「あっは、未練タラタラじゃん」
「そうだよ! 好きだもん!」
「じゃあ行くのやめなよ」
「行くけど!」
「ほら」
茶化すようにそう返すと、今までずっと横並びで正面を見ていたソイツが、私の方を見た。仕方なく私も見る。見上げる首の角度が懐かしい。
冬の低い日差しが、瞳に差し込んできらりと光った。同時に彼が鼻をすする。
「泣かないでよ」
「泣いてない、寒いんだよ。そんで泣けよ、お前は」
「いや泣かないでしょ」
あーもう、と呟いて彼は顔を拭った。その姿を見て「ほら」と私はまた茶化す。
「……なんでもいいからSNSのアカウント残しといて。結婚するなら教えて」
「祝ってくれるの?」
「……わかんないけど」
「わからんのかい。でもいいよ、招待するよ、結婚式」
「……綺麗なんだろなぁ」
「そりゃね」
「世界一、後悔するんだろなぁ」
遠くを見てそう呟く彼の横顔が、びっくりするくらい大人びていてこっそりと息を呑んだ。
「……ばーか」
どうにかその言葉を口にしたところで、ホームに電車の到着を知らせるブザーが響く。
程なくして、遠くに彼が乗る電車の姿が見えた。
二人で近付いてくる電車を黙って迎え、きちんと停止位置で止まった扉が目の前で開く。
彼は、「っし」と意気込んで電車に乗り込んだ。
「がんばってね」
「ありがと」
あっさりしてるのはどっちだよ、と思った。
定刻通りに扉が閉まる。扉の向こうの彼はやっぱりすっかり大人の男で、今まで見た彼の顔の中で一番格好良く見えた。
電車が動く。笑ってみせる彼に、私は、唇で「ばか」と告げた。
電車が走り去ったホームに一人残される。周囲に人影はない。
「……、あーぁ、さむ」
ず、と小さく鼻をすする。
見上げた空は、どこまでも高く、嫌になるくらいに青かった。
似た者同士のサヨナラのとき 倉田くら @kura-kurata
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます