第22話 開戦
その後、開戦は翌朝だろうと見込み、テントで少女やアダムと仮眠を取っていると、伝令兵から起こされ
「開戦は十五時、一時間後です」
と告げられる。
司令部は思っていたよりも能力のない者の集まりらしい。敵の間諜を欺いているつもりだろうが、これでは味方の気持ちがついていかない。
西日が差し込む戦場で戦うというのは過酷なものだ。日没への焦りと場合によっては空腹とも戦わねばならない。
私は少女とアダムには支給された革鎧に干し肉や水の入った革袋などを携帯食料とは別に忍ばせておくように言っておく。
外では全軍の兵士達が野営地を出て、北の戦場布陣予定地へと一斉に向かい始めている。
アダムが支給された鉄製の大盾と長槍を持ちながら
「悠長なものですね」
「一応戦争のルールとして、お互いで開戦を告げ合うのだよ。それからは自由だ」
長剣と軽い丸盾を持った少女が
「そうそう!そうなんだよ!アダム知らないのー?」
アダムは苦笑いして
「先輩、ご指南を」
冗談めかして頭を下げ、少女が自慢げに
「何でも聞いて!」
というのを見つめ、樫の棒を背中に差した私は、この戦場の後、皆が無事で生きていて欲しいと切に願う。
二人の若者と共に布陣予定地へと到着した私は、久方ぶりの馬に乗り、同じく騎乗している第二王女の右斜後ろに自らを配置した。
我々指揮官の位置は、九百の弓や槍装備の歩兵と百の騎兵を持つ第二王女軍のほぼ最後尾である。私より南側にいるのは、大鎌を背負い右手に小型ボウガンを持ったカート、真紅の鞘の長刀を背負って花柄のマントを羽織り弓矢を装備したブロッサム、そして大盾と槍を持ったアダム、その大盾に隠れるように軽装備のアサムリリーという4人だ。
アダムには余程の事がない限り、大盾を捨てずにアサムリリーをサポートするようにキツく言っておいた。
他の傭兵団主力の面々はデリング指揮の別働隊で動いて貰っている。
ダイナミス平原での戦いは、予定時刻通りに、王国と帝国の法螺笛での開戦の知らせ合いから始まった。
王国も帝国も予定通りの布陣で、帝国側は陣地から動く気配はない、と伝令に聞いた直後だった。
ダイナミス平原の南端から、黒い騎馬隊の大軍が奇声と砂ぼこりを上げながら、こちら目掛け、真っ直ぐに突撃をしてきたのが確認できた。
速度は想定の範囲内だ。用心の為にカートとブロッサムを最後尾に配置したのはもったいなかったかもしれない。しかし考えている暇はない。
意を決した私が作戦通り
「第二王女軍、全軍反転、槍兵前へ」
と素早く告げると、王女が勇ましい声で
「全軍反転せよ!槍兵前へ!恐れるな!」
全軍が反転するのと同時にガチャガチャと三百程の屈強な槍歩兵が南側の最前列へと出て、隊列を組み、大盾を構える。
アダム、アサムリリー、カートとブロッサムは槍兵の後方に下がり、カートはボウガンを構え、ブロッサムは弓に矢を継がえる。
「弓兵、槍兵の後ろへ、合図と共に撃て」
王女が勇ましい声で復唱すると百人の弓兵が前進し、弓に矢を継がえ構える。
ギリギリまで引きつけ、そして私が
「撃て」
と言うと王女が腹に力が入った声で
「うてえええええ!!」
一斉に矢が放たれ、遠くで十数匹の馬が騎兵ごと倒れる。当然、数千の相手の気勢は削げないので
「弓兵最後尾へ後退、騎兵隊準備」
王女がすぐに勇ましい声で復唱する。
一度目の突撃を耐えられた場合、私が先頭となった百の騎兵隊で、西側に迂回しながら突撃する予定だ。若干だがバルボロスの本隊はいつも左側面が薄い。私が突撃した後は王女の方は残った無傷の歩兵とカートで守る。
頭の中で予定していた手順を整えた瞬間だった。
北側で微かな雰囲気の変化があると私の感覚が捉えた。それとほぼ同時にバルボロス本隊の異民族兵達が、大盾を構えた第二王女軍前列へと甲高い奇声を上げながら突進してくる。馬と人が宙に舞い、鮮血が交差する。
素晴らしい結果だ。
何と第二王女軍の兵士達は損害なく突撃を受け止めた。
私が喜んでいる暇もなく、弓を投げ捨てたブロッサムが長刀を両手持ちして槍兵達の斜めに構えた大盾を踏んで駆け上がり、単騎でバルボロス軍の騎兵隊の上へと舞った。これは作戦外だ。私の横にいつの間にかいたカートが
「うちの馬鹿娘が興奮しすぎて突っ走っちまった。助けてくる。トーバン、死ぬんじゃないよ」
と素早く言うと、ボウガンを腰に装着し、大鎌を両手持ちして、同じように大盾を踏んで騎馬隊に中へと宙を舞いながら突っ込んでいく。
私は大きく息を吐いて吸うと
「王女、後方で計画が成功したと思われます。手はず通り、私が突撃した後、王女軍全てを引き連れ、西側より大きく迂回してから例の部隊への追撃をお願いします」
「わかりました。トーバン……ご武運を!」
王女の祈りを聞きながら私は、前方で持ちこたえている槍兵を西側から迂回しながら、騎兵と共にバルボロスの騎兵団へと突っ込んでいく。
戦場で集中すると、太刀筋、斬撃の角度、矢が飛んでくる速度までゆっくりと見えるようになったのは何歳の頃だったか。
……もう忘れてしまったが、このトーバン!まだまだ老いる年では無い!
そう、私は自らを叱咤激励しながら、騎上で樫のこん棒を狙いを定めて振り下ろし、白塗りの仮面と黒塗りの革鎧で奇声を上げながら斧や槍を振り上げ突撃してくる異民族騎兵達をなぎ倒していく。
集団を一点から切り裂こうと動く時、斜めから入り込み、ジグザグに動きながら斜めに進行すると良いと云うのが、どの兵法書に載っていたか今は思い出せないが、王女が完璧に練兵していた騎兵百騎は先頭の私の複雑な動きに付いてこられている。
百数十騎の相手を倒し、反対側に抜け、反転して更に切り裂こうとした時だった。
「ボエエエエエエ!」
という法螺笛の音と共に奇声を上げながら、北側から猛烈な速度で真っ白な覆面を被り、黒いボロ布を纏った三百人程度の歩兵と騎兵が混ざった異様な兵団が、隊列が崩れたバルボロス本隊の真横へと統率された動きで突っ込み、異民族の騎兵隊を紙切れのようになぎ倒しながら反対側に突っ切ると、そこで、わざとらしく大きく高い帝国旗を掲げ、また法螺笛を吹きながら派手に戦場の南へと去っていった。
私は、頭めがけ飛んできた矢をこん棒で打ち払いながら
「謎の帝国軍の追撃に移る!続け!」
少し速度を緩めつつ、遠くに見える帝国旗を目指す。後方では、2度も切り裂かれ隊列を完全に崩し大混乱に陥ったバルボロス本隊が、予定通り、コントロールを失って南へと一斉に雪崩のように殺到し始めた三万全ての王国軍に呑まれていった。
一瞬、少女の笑顔が頭に過ぎり、王女の声も聞こえた気がしたが、後を託したアダムを信じ、私は騎兵達と共に平原を帝国旗を追い、南へとひたすら下っていく。
平原を過ぎ、その南のサウザンド丘陵北端まで到達すると、小高い丘に立てられ風になびく帝国旗の横に、頑丈な革で出来た死体袋が置かれていた。
私は真っ先に馬から降り、死体袋へと駆けつけると縄で固く縛られていた口を開く。
中には予定通り、顔と身体中青痣だらけで鼻血と涙と涎を垂流し、気絶している全裸のマルバウが入っていた。
私はすぐに脈と、骨折がないことを確認して安堵する。そしてマルバウを介抱しながら、馬から降り、集まってきた騎兵達に帝国旗の即座の破壊と、代わりに王国旗を立てることを命じた。
マルバウは少し意識が戻ると朦朧としながら
「……悪かった……俺が悪かったってえええ……許してえ……」
と泣きじゃくりながら呟いていたが、私は心の中で
「私こそ、王子を教導出来ず、大切な戦をこんな形にしてしまいました。大変、申し訳ありません」
と謝り、その場を兵達に任すと単騎で北の戦場へと戻っていく。
計画では既に丘陵に到着しているはずの第二王女軍が来ていない。嫌な予感がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます