第12話 逃げ帰るのが正しいのですよ

王都内の旧市街のレンガや木造の古い住宅が立ち並ぶ一角にアダムの家はある。比較的広い庭と2階建ての木造住宅、その玄関先に簡素な布の服を着た大柄な彼は座り、空を見上げていた。


私とメアリーと共に、その様子を隠れながら遠くから眺めた少女が驚いた表情で

「びっ……美男子……」

そうなのだ。彼の涼やかな整った顔の碧眼は爛々と輝き、横分けの茶髪を肩まで伸ばし、背が高く手足も長い。とても目立つ。そして、女性嫌いでも有名だ。


数年前に、こんな話しがある。アダムは、元々騎士団志望だったが、余りにも美しいので、とある若い女性王族が横槍を入れて、近衛兵団に入団させてしまった。その後、女性王族から猛烈なアプローチをかけられ続けて嫌気が差したアダムは、顔に泥を塗り髭を伸ばし、髪をスキンヘッドにして出勤するようになり、いたたまれなくなったその王族は領地へと行ったきり、王都へと二度と戻ってこなくなった。


ふふ……懐かしいな。しかし……今は取り立てが優先だ。まずは予定通り少女に私の木刀を預け

「彼に決闘を申し込みなさい」

「いっ、いいの?」

「ああ、殺すつもりでやりなさい」

少女は勇んで座っているアダムの側まで走っていき

「アダム!ケンリュウさんの借金の取り立てにきた!決闘を申込む!剣士アサムリリーだ!」

大声で宣言した。アダムはその長身で黙って立ち上がると、木刀を両手持ちして腰を落とした少女では無く、辺りを見回し始めた。

私の隣のメアリーがため息をついて

「お弟子さんを伝書鳩に使うとは……」

「あの子には良い薬です。力の差を感じられないようでは、戦場での進退を見誤ります」

アダムは首を横に振って仕方なさそうに、玄関先に立てかけてあった杖を左手で軽く握る。


少女は構えたまま、全く動けなくなった。目の前の棒立ちのアダムに隙が無いことを理解したようだ。

「ふむ……やはり筋が良い。次は前に出るか逃げ帰るか」

メアリーが声を潜めて

「どちらが正解でしょうか?」

「逃げ帰るのが正しいのですよ。絶対に勝てないですから、しかしあの子は……」

少女はいきなり

「やるな!私は負けない!」

そう叫ぶと棒立ちのアダムに突っ込んだ。アダムが煩わしそうに左手を振るうと、少女は三メートルほど後方に吹き飛ばされ、どうにか着地した。メアリーが安堵の表情で

「ガードは間に合ったようですね」

「……ああ、いけませんな。もっとあの子を見ていたくなってしまった」

私は物陰から走り出て、アダムに手を振りながら近づいていく。


アダムは急に顔をほころばせ、低く落ち着いた声で

「師匠!トーバン師匠!待っていました!」

杖を放り出して私に駆け寄ってくる。そうだ、師匠呼ばわりされていたな。無視された少女は顔を真っ赤にして

「アダム!決闘から逃げるな!」

とアダムに横から打ち込み、彼の左手で木刀をあっという間に取られて、その広い肩に身体を抱え上げられる。

「あっ、ああああ……」

手足をジタバタする少女を全く気にしていない様子のアダムは、長身から私を見下ろし

「ケンリュウさんから、家財とうちの親取ってこいって言われたのでしょう?」

ニヤーッと笑いかけてくる。私は両手を軽く広げて

「そうだね。取り立てを任された」

アダムは嬉しそうにポケットから布袋を出すと渡してきた。中には金貨が十枚入っている。私は苦笑いをしてしまう。そうだ、この子は勘が鋭いのだ。尋ねる前にアダムは

「ケンリュウさんの武器防具全部売りました。これで借金無しですね」

そうか。本当にもう兵士稼業は辞めたようだな。ケンリュウは悲しむだろう、しかし

「……足りないと彼は言うだろうね」

アダムは少女を肩から降ろして私に預けると

「王都から出ていくつもりですし、家と家財は要らないですよ。うちのロバと鶏、それに母親だけ残れば」

いつの間にか私の横に居たメアリーが

「アダムさん、ケンリュウ氏はトーバン様とあなたの勝負を望んでおられます」

予め打ち合わせておいた私の戦意が削がれた時用のセリフを言ってくれる。アダムは涼しげにメアリーを見下ろすと

「王宮で何度かお見かけしましたね?それはそうと、師匠いいんですか?」

「……やるしかないだろうね」

私は明らかに嬉しそうになったアダムから木刀を手渡される。彼も放り投げた杖を取りに行こうと背中を向けた瞬間に

「隙あり!」

少女の飛び蹴りが飛んできた。アダムは振り返りもせずにスッと真横に避けると、そのまま杖を左手に取り、次の瞬間に長い足で瞬時に間合いを詰め、私に左手で轟音と共に打ちかかってきた。

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