【KAC20251】ひな人形はお早めに……

阿々 亜

ひな人形はお早めに

 弾むようなメロディーと高揚感のある歌詞が、電波に乗って春の夜空を駆け抜ける。


『はい、ということで、お聞きいただきましたのは、先月リリースされた私たちのニューシングル“春色ステッパーズ”でした!!』

『いやー、春っぽいいい曲ですよねー』

『あ、そうそう、曲作ってくれたマサヨシさんと昨日たまたま仕事で一緒になって、そのとき聞いたんだけど、この曲、ひなまつりをイメージして作ったんだって』

『へー、ひなまつりー!? あー、言われてみると、ぽいかもー』

『ねー、出てくる色の名前とか、言われてみるとひな壇みたいなカンジするよねー』

『ひなまつりかー、さすがに縁のない歳になっちゃいましたねー』

『あー、でも、うちの実家ねー、今もお母さんがひな人形飾って、LINEで写真送ってくれるよー』

『えー、今もですかー? それって婚期が遅れるとかいうやつじゃないですかー?』

『ヤなこと言わないでよー。それはねー、あくまで3月3日過ぎたら早くしまえってことで、何歳以降飾っちゃいけないってことじゃないんだよー』

『あー、そーなんですかー』

『まあ、でも、大学・高校卒業とか、成人式とかを区切りに飾らなくなることが多いみたいだけどねー』

『じゃあ、エミリさんのところも、もういいんじゃないですか?』

『そうなんだけど、うちのひな人形、死んだお爺ちゃんが張り込んですごく良いやつ買ってくれたから、お母さんが出さないのがもったいないって』

『へー』

『ちょっと見てみてよ、これ、一昨日送られてきた今年の写真』

『わー、すごいキレー』

『でしょー』

『これはさすがにしまうのもったいないですねー。このまま1年じゅう飾っといたらどうですか?』

『いや、それ、私、結婚できなくなるやないかーいwww』

『はい、といったところで、そろそろお時間となりましたー』

『お相手は一ノ瀬エミリとー』

『椎名スミレでしたー』

『ばいばーい!!』


 ラジオの生放送が終わり、私は「はぁ……」とため息をついた。


「エミリさん、なんか疲れてます?」


 番組の相方で、同じアイドルグループの後輩の椎名スミレが心配そうに私の顔を覗き込む。


「うん……まあ……メンタル的にちょっと……」

「やっぱり、あの手紙ですか?」


 そう、私が参っている原因はとある過激なファンからの手紙だった。


 事の発端は1か月前。

 同じアイドルグループのメンバーが突然卒業してしまったことから始まった。

 卒業自体は珍しいことではない。

 アイドルはいつかは卒業するものだ。

 問題はその卒業の仕方だった。

 その子は、ライブのトークパートで、突然結婚を発表し、卒業を宣言してしまったのだ。

 うちは大きなグループで私とその子とは比較的関係が薄く、彼女がなぜそんな行動に至ったのか、厳重な緘口令が敷かれたこともあり、私は未だに真相を知らない。

 その後はもう大炎上だった。

 そして、私の問題はここからだ。

 その炎上が思わぬ形で私に飛び火した。

 私の熱烈なファンの一人がこの件に過剰に反応し、事務所に毎日手紙やメールを送り続けているのだ。


「エミリは大丈夫だろうな!?」

「エミリが同じことをしたら絶対に許さない!!」

「エミリは結婚するな!!」

「結婚なんかさせない!!」

「絶対結婚なんかさせない!!」

「絶対結婚させない!!」

「絶対結婚させない!!」

「絶対結婚させない!!」

「絶対結婚させない!!」

「絶対結婚させない!!」

「絶対結婚させない!!」

「絶対結婚させない!!」

「絶対結婚させない!!」

「絶対結婚させない!!」

「絶対結婚させない!!」


 今、事務所は相手の特定と法的措置の準備を進めている。

 早いところなんとかしてほしい。

 私だって、もう28歳だ。

 具体的な話こそないが、とっくに卒業してもいい歳だし、結婚だってしたい。

 もうすぐにでもアイドルを辞めたいとすら思っているが、このタイミングで急に辞めたら、それこそその過激なファンが何をするかわからない。

 そのファンをなんとか無害化して、ほとぼりが冷めたころに静かに卒業するしかない。


「はぁ……」


 私はまた重いため息をついた。

 と、そのとき、私の携帯が鳴動する。

 見ると母からだった。

 母はLINEはよく送ってくるが、電話をかけてくるのは珍しい。

 私は電話に出た。


「もしもし、どうしたの?」

「ちょっと、大変なのよ!! 今日丸一日、お父さんと二人で遠出してて、今帰ってんきたんだけど、空き巣が入ったみたいなの!!」

「え!? 大丈夫なの!?」

「それが変なのよ!! まだ隅々まで確認したわけじゃないんだけど、荒らされた跡はあるんだけど、何も盗られてないみたいなの!!」

「何も盗られてない?」

「そう、それで、どういことかわからないんだけど……」


 母は震える声でその事実を告げた。


「昨日しまったはずの雛人形がまた飾られてたの!!」


 それが何を意味するのか、私はすぐにはわからなかったが、程なく、ある一文が頭の中で繋がる。


『絶対結婚させない!!』




 ひな人形はお早めに 完



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