ひな祭り誘拐事件
広之新
プロローグ
その日は3月2日、ひな祭りの前日だった。ある大きな屋敷の畳の間に立派なお雛様が飾られていた。七段飾りで美しい顔をした男雛と女雛が並び、三人官女に五人囃子、そして右大臣と左大臣の随身に3人の仕丁がそろい、それぞれが見事に作られている。
その前には3歳ぐらいの女の子が座っていた。豪華な雛飾りを見てうれしそうにしていた。ただ彼女は病気らしく、パジャマを着ていたが・・・。
その様子は外からでもよく見えた。その日は暖かく、その畳の間に続く縁側の掃き出し窓は開け放されていたからだ。
そこに密かに近寄る男の影があった。周囲を警戒しているが辺りの大人の姿はない。また女の子もその男に気付いていない。
男はいきなり土足で縁側から座敷に駆け上るとその女の子を抱き上げた。
「ぎゃあ!」
女の子の悲鳴が上がった。男はそれにかまわず、女の子を抱えたまま庭に下りてそのまま走った。
「うぇーん! うぇーん!・・・」
女の子の泣き声に屋敷に響き渡り、畳の間にエプロン姿の女性が駆けつけてきた。
「あら! いない!」
その女性が驚いて外を見ると、女の子を抱えた男は屋敷の柵を越えていた。
「待って! 連れていかないで!」
女性は叫びながらあわてて追いかけた。だが・・・・。
「あっ!」
女性はその男の顔を見て驚き、凍り付いたように動けなくなってしまった。その間に男は女の子を停めてあった黒い車に乗せて、そのまま爆音を上げて走り去ってしまった。
「どうしたの?」
もう一人、屋敷の玄関から年配の女性が出てきた。呆然と庭先に立ち尽くすエプロン姿の女性に声をかけた。
「伊藤さん! どうしたの? なにかあったの?」
「さ、さらわれた・・・」
エプロン姿の女性はそれだけ言った。年配の女性はその言葉ではまだ状況が理解できなかった。
「えっ! どういうことなの! はっきり言って!」
「連れて行かれた・・・どうしよう・・・岩井さん・・・」
「ええっ! 誘拐されたの? それは大変!」
年配の女性はそれですべてを悟った。お嬢様が誘拐されたと・・・。すぐに警察に通報するために慌てて中に入って行った。一方、そのエプロン姿の女性は力が抜けてしまってその場に座り込んでしまった。
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