故に君あり

@shy_8888

第1話我思う故に我あり

定義 : そもそも故に我ありは考えるという行為が、我という精神が無ければできない事だ。からという考え方から来ている。


では私はこの10と余年で「考える」という行為をしていたか。


答えは否である。


なぜなら自己表現が苦手であるからに他ならない。


自己表現とは何か。


自分の考え・感想を表現し、相手に伝えることである。


そう伝えることが出来ないのである。


例えば好きという感情がある。

私も人であるから誰かに好意を寄せたことは大いにある。

が、しかしその誰かのどこが好きかと聞かれると、どうにも凡庸で、普遍的で、上っ面だけの、俗に言う社交辞令のような言葉しか、出会って数秒で言える感想のようなものしか口から出てこないのである。


何故?


考えていないからである。


相手のことを深く知ろうとしておらず、

目から得た情報、耳で得た情報で自己完結し、齟齬相違など受け付けないからである。


これではただの感想を述べる上っ面な言葉しか出てこないことも当然といえる。


つまるところ

私は考えることをしていなかった。

故に我なし。

何にも染まりやすく。

霧散してしまう。


俗に言う 空気 である。


そう。だから、この教室でも私は空気と化していた―


『―お昼の放送の時間です。』


午前中の授業を終え、お昼の放送が流れるクラスの中には自然と音が増える。


それは昼食の用意をしようと、カバンから弁当やら水筒やらを取り出し、カチャカチャと鳴らしている音であったり、大して美味しくも不味くもないはずなのに、無駄に列をなす購買へ早足で向かう足音であったりと様々である。何がいいのか。


そして、そんな中に私の音などない。


自慢じゃないが気配を消すのは大の得意だ。


これは先祖が伊賀か甲賀の出なのだろう。


きっとそうだ。


ここ静岡だけど。


駿河だけど。


私は人知れず特技を披露しながら、人気の少ない旧食堂室へ向かう。

ここは別棟の1番隅の部屋で、普段から誰も使わない部屋なのである。

実にいい空間だ。

たまにイチャつくカップルがいるが。

何なのあいつら。乳クリ会うなら外でやれよ。いや、外だとそれはそれで不味いか。


訂正。自宅でやれよ。


おっと自己紹介がまだだったね。

私は田中初。


あい、終了。

なんていい名前なんだ…!

まず田中!

全国で4番目に多い苗字だ!

そして初!

これは何にでも使われる程に実用性があり、意味の分かりやすい字だ!


うん!とってもいいね!とっても…


嘘です。

本当は「西園寺」とか「神宮寺」とか「榊」とか2文字なら「東雲」とか「京極」とかが良かった。

名前に関しては悪くわないが、どうせ1文字なら「響」とか「湊」とかが良かった。


うん。こいつらは絶対にイケメンだ。

イケメンに違いない。


現にクラスに1文字で「葵」という奴がいる。


苗字は「斑目」。


もうかっこいいよね。

しかも名に恥じぬ容姿と、これもイケメンあるあるなのだがスポーツ万能。

学年のリーダー的立ち位置にいる。

なのにどこか抜けている。

学力も下から数えた方が早いが、先生に気に入られているからか評価は高い。

しかも高校になると同時に実家を離れ、一人暮らしをしているらしいという、なんとも主人公のようなタイプだ。ちきしょー。


ん?なんで「らしい」なのかって?


……君は太陽に直で触れたいのか?


うん。理解してくれたようで嬉しいよ。


ん?なんでそんなに彼に詳しいのかって?


……君は太陽のことを知らないのか?


うん。理解してくれたようで嬉しいよ。


でもその憐れむような目で見ないでね。

目は口ほどになんとやらだ、から、さ…

ぐす。


さてなんの話してたっけ?

あ、そうそう。自己紹介が終わったんだったね。で、今1人で昼食へと洒落こもうと――


――などとはしておらず、スマホを取りだしMetubeを見始めているのだ。

昔から食欲が異様に低く、1日2食でも余裕なのだ。そしてこのお昼という時間が、自分にとってはこれ以上ない至福のひとときなのだ。

各々が各々の好きな場所で団欒をする。


私はひとりだが。


お、タテルさんの新曲出てる。


「いい曲だなぁ...」


そんな、至福の時間に覆われていた耳にふと雑音が入る。


「あの。スキです!付き合ってください!」


「ありがとう。ごめん。君のことは友人としてしか見れないんだ。ごめん。告白してくれてありがとう。」


「…。いえ!こっちこそごめんなさい!

…もし嫌じゃなかったらこれからも友達として仲良くしてください!」


「うん。よろしく!」


「ありがとうございます…!

じゃ、私先行きますね…!」


「うん。」


涙を堪えながら足早にその場を去る乙女を静かに見送るイケメンは、視点を変えずにこちらに聞こえる声で言う。


「……恥ずかしいな。」


「……まぁこっちもスマン。誰も来ないから絶好の告白スポットにもなるわな。」


階段の影からスっと現れ、声のする方へ足を近づける。


こいつは…さっき紹介したからいいよね?


こちらイケメンです。


あ、ダメですか。すみません。


こちらは斑目葵。

趣味はイケメン。

特技はイケメンだ。


というか―


「なんで俺がいるってわかったんだ?」


「なんとなくな。あと衣擦れの音。」


「キモ…」


何なのこいつ。耳良すぎでしょ。こっちは忍の血を引いてるのよ?


定かではないけど。


さて、みんな気づいたかい?


そう、私はただのぼっちでは無い。


クラスの奴全員とこんな感じで話せるのだ。


じゃあ何故こんなボッチアピールをしていたかって?

そんな疑問を今から投げてくる奴がいるから答えておこう。


「…初はなんでこんなとこに居たんだ?」


「ふ、俺にも事情ってもんがあるんだ。恥ずかしいから聞くな。」


「ふーん。今俺も恥ずかしいところ見られたんだけど?」


「ぐっ……。―ラれたんだよ。」


「え?なんて?」


「だから!フラれたんだよ!ちきしょー!」


声のトーンはこの位かな…

やば実に名演技。

今やってるナントカって青春ドラマにも出れるかも。


「…そ、そうだったのか。すまない。」


どこかバツが悪そうに目を背ける彼。

うむ。上手く騙せたようだ。これでよ――


「そういえば、俺たちがここに来る前にこっちから来た子がいたなぁ…たしか、5組の足立さん?だったかな。」


――し、今すぐその子のところにいって謝ろう。振ったことにしてもらおう。うん。


「そ、そうだよ!全くデリカシーがなあやっつだなぁ!」


これでこの場は上手く切り抜けた。と思った矢先、目の前のイケメンの目が鋭く私の目を刺す。


「5組に足立なんて苗字の人はいないよ。」


「謀ったなシャ〇!」


こいつ怖!なんなんだよ!策士すぎるだろ!

と、そんなことも透けているかのように彼は告げる。


「まぁ人が通ったのは嘘じゃないけど。知らない顔だった。綺麗だったよ?」


続けて彼は告げる。


「あのさ初。俺はそーゆーのよくないと思う。」


「そーゆーの」が何を指していて、指摘されたことに対し「お前に何がわかる。」と思えれば1人前だった。

が、しかし私はその言葉を何も考えず素直に受け取る。

なにか良くないことだったのだと詫びる。


「そうだな。すまん。」


これは、ほんとに心からの声だと思う。

彼はため息を着くと、何か言いたげな目を伏せ、

じゃ。と一言告げ教室へと戻って行った。

タイミング良く予鈴が校内に響く。

さてまた教室に戻らなきゃ。


そう。私はこういう人間なのだ。


自分の意見など持ち合わせておらず、故に嘘で身をかためる。


しかし、徹底した演技などできず、すぐに見破られる。


そして、人がいいと認識され、騙され、踊らされ、挙句不利益を被る。


そして、相手に一言「騙される方が悪い。」と言われると納得してしまう。


自分など持ち合わせていないから、誰かと深い絆で結ばれることもなく、居てもいなくても変わらない人間なのだ。


それが私が独りだと思う理由。


教室に戻る途中、職員室の前を通りがかりふと思う。

葵が言っていた人とは、どんな人だったのだろう。

「綺麗な人」か。

きっと順風満帆なんだろうな。


そんな事を考えていた。そいつがどんな人間かも知らずに。


「ま、知る由もないんだけど。」


ため息混じりにポツリと呟き、初は教室へともどるのだった。


――…えー、次の日に思い知ります。――

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