EX2話 Present World
——2021年 籠鳥市——
不意に『世界がぐるりと一周したような感覚』が俺を襲う。
俺の視界はすぐに安定して、見慣れた光景がよみがえる。
夕方の教室。
差し込む西陽に照らされて、並んだ机と椅子が長い影を落としている。
眩しいほどにオレンジ色の空間だ。
「えっと……」
思考が混乱する。
俺はなにをしていたっけ?
普通に授業を受けていた?
そうだったか?
「や、おはよう、直っち」
「っ!」
その声に、俺は目を見開いて振り向いた。
そこに立っていたのは委員長だ。
ただ、俺の世界の委員長じゃない。
髪をツインテールにくくった、どことなく幼い雰囲気のある大隈沙詠。
世界中の30分間の電力を消費し、DOCによる5点同時攻撃を行なってテセラクトを倒した、5人の委員長のうちの1人。
そして——全てのテセラクトを倒した直後、XLSで俺を刺した委員長だ。
「っ……なんともないな」
俺はとっさに腹に手を伸ばす。
そこには血の感触も、傷跡も、服の穴さえ存在しなかった。
どうなってるんだ?
あれは夢だったとでもいうのか?
考えてみれば、籠鳥市は対テセラクト戦を経て、巨大なクレータと化してしまった。
学校だって残ってなかったはずだ。
それが当たり前のように存在している。
だったら、並行世界だの次元怪獣だの1024人の委員長だのという頭のおかしい状況のほうが夢だったと考える方が理に適っている。
世界の危機なんてものはなくて、俺はこうして今も普通に学校に通っていて、放課後は委員長と下校するという日常を過ごしている——。
「直っち疲れてたのかなー? ほらほらよだれ、拭いて拭いて。ふひひ、直っちのよだれつきハンカチ……DNAゲット……じゃ、帰ろうか、直っち」
「まずはそのハンカチを貸してくれ。洗って返すから」
なんかとんでもないことを言い出した委員長からハンカチを奪い取る。
——いや、やっぱりおかしい。
ここが俺の日常で、世界の危機が夢だったなら、俺と一緒に下校する委員長は『あの大隈沙詠』じゃないとおかしい。
目の前にいるのは、とりわけあの委員長と差の大きい委員長だ。
並行世界の大隈沙詠。
彼女がここにいること自体が、ここが元の日常とは違う証拠だ。
「なにが、どうなってるんだ? お前は、俺を刺して、なにをした? ここはどこなんだ?」
「……やっぱりまだ記憶が残ってるんだね。博士の言ったとおりか」
そう、委員長は言ってくる。
博士というのは、俺の親父——並行世界の——のことだろう。
「まさか、これもあのバカの目論見だってのか?」
実験に失敗し、ほかの並行世界群とやらに逃走したはずの。
「うーん、詳しい話をするから、ちょっと付き合ってくれるかな」
そして委員長は、あの委員長が今まで言ったことのないセリフを口にするのだった。
「ちょっと寄り道していこーよ、直っち」
※
俺とツインテールの委員長は、お決まりの『かごのとりした』のバス停へ向かう道から逸れ、近くにあったショッピングモールへ向かった。
「イオン……?」
「どうしたの、直っち?」
「ここのショッピングモール、こんな名前だったか? たしかジャスコじゃなかったっけ?」
「もー、しっかりしてよ。5年以上前に名前変わったじゃない。馴染んでない人、そろそろもういないと思うよ?」
「…………」
言われてみればそうだった気がする。
あれは、うん、俺が中学生くらいのときだ。
……違和感を抱きつつ、俺は委員長と連れ立ってイオンに入店した。
モール内にある書店に向かう。
書店の入り口には、店員の自作らしい、緑と黒の市松模様の特設コーナが作られていて、大正時代を舞台に鬼を退治する主人公の大ヒット漫画が山のように積まれていた。
シールをキャラクタのイラストに貼り付けて人気投票に参加できるパネルも設置してあった。
「あー、すごいな」
「ねー映画すごい人気だもんね」
「委員長も見にいったのか」
「もちろん! いやー美味しそうだったなあの弁当!」
「いやほかにもっと見るところあるだろ……」
たしかにネットじゃよくパロられてるけどさ!
「私も投票しーようっと」
そう言うと、委員長はシールを一枚取ると、微妙にモブっぽい顔をした鬼殺隊員のイラストに貼り付けた。
「サイコロステーキ先輩に一票!」
「お前本当にそいつ好きなんだろうな!」
しかし見ればサイコロステーキ先輩は、身体が隠れてしまいそうなほどたくさんシールを集めている。
すげえな……登場コマ数との比率でいったらダントツで一位だぞ……。
「じゃあ、行こうか。直っち、こっちこっち」
委員長が本屋の奥へ俺を引っ張っていくので、俺は投票する暇もなくついていく。
誰に投票したかったかは秘密だ。
※
委員長は俺をライトノベルのコーナへ連れてきた。
「ん? なんだこれ?」
俺はその左半分の棚に違和感を覚える。
やけにカラフルな、文庫より大きいサイズの本がたくさん並んでいる。
手に取ってみると、カバーは柔らかい。
マンガかと思ったけど、中を開くと普通に小説だ。
タイトルはやけに長くて2行も3行も使ってる。
『俺の妹がこんなに可愛いわけがない。』の3倍くらいはある。
「もー、しっかりしてよ」
と委員長がさっきと全く同じ口調で言ってくる。
「なろう系の四六版じゃない」
なろう……。
小説家になろう……そうだそうだ。
ウェブに掲載された作品を書籍化したものは、このサイズのレーベルから出てることが多い。
考えてみれば、仮想現実のゲーム世界にダイブするあのラノベ、あれが個人サイトとはいえ、ウェブに掲載されていた小説を書籍化した作品だ。
あれが、今のウェブ発ラノベ隆盛のきっかけだったのかもしれない……いけないいけない、こういう余計なことを言うと、いろいろツッコまれるぞ。
「…………」
いや、待てよ。
問題はそんなところじゃない。
俺は——なんでそんなことを知ってる?
あの作品の第1巻が刊行されたのは2009年とかそれくらいだ。
今から12年前。
俺はまだ5歳とかだぞ。
なんでその歳のころのラノベのことなんか憶えてるんだ?
知識として知っているって感じじゃない。
俺はそのときのことを、実感を持って体験した記憶がある。
なにがどうなって——
「直っち、こっちだよこっち」
と委員長がラノベコーナの右側から読んでくる。
「あ、ああ……」
俺はなんとなく疲れを感じながら、委員長の方へ数歩近く。
こっちは四六版とやらに比べてすごく馴染んでいる感じのする文庫サイズのラノベが並んでいる。
電撃文庫にファンタジア文庫にMF文庫Jに——ダッシュエックス文庫? そんなレーベルあったか? スーパーダッシュじゃなかったか?
「…………」
そんな中に1冊、妙に目を引く本があった。
それは、そのレーベルの本が1冊しかなくて、周りと背表紙のデザインが違ったからかもしれない。
あるいは、背表紙に書かれたタイトルのせいかもしれない。
俺はその本を棚から引き出す。
表紙に少女の絵が描かれている。
その少女は、俺の隣でニコニコしている委員長ととてもよく似ていた。
その本のタイトルを、俺はもう一度しっかりと認識した。
『集団美少女戦士キューティ・パンツァー』
正気の沙汰とは思えないふざけたタイトルだった。
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