第23話 それでも世界の終わりは歴然と立ちはだかる

「大丈夫でーすか?」


「……ああ。なんとか」


 直は元の席に腰を下ろしながら、呻くように答える。


 先ほど。

 涙の代わりに、吐き気がこみ上げてきて、直はトイレに走った。

 5分ほどで収まり、なんとか客室に戻ってこられたが……。


 ヘリコプタはいまだ飛行を続けている。


 床に倒れていた剛武郎が、カーネルの一つ前の席に寝かされていた。

 相当強く打ち込まれたのか、それとも直のいない間に睡眠薬でも嗅がされたのか、目を覚ます様子はない。


「…………」


 言いようのない居心地の悪さ。


 自分が、一体どこでどう道を誤ったのかすら不明な。


 この半年、自分はなにをしていたんだ?


 そう思い、ふたたび吐き気が込み上げてきそうになる。


「――ところで」


 カーネルがおもむろに口を開いた。


「消滅してしまた大隈沙詠を元に戻し、かつテセラクトの発生を防止する方法があーるのですが」


「……………………」


 一瞬、まったく意味が理解できなかった。


「…………はい?」


「ですかーら、消滅した大隈沙詠は元に戻せまーす、と言っているのでーす。というか、今回テセラクトのために起こった事態は全て修正できマースよ」


「……………………」


「テセラクトは、本についた余分なインク。適切な方法で拭い取れば、本は綺麗に元どおりでーすね」


「――なんでそれを最初に言わない!」


「いやぁ、ハッピーエンドの前には、シリアスな山場が必要かと思ったのでーすよ」


「その服装と口調でシリアスを求めるな!」


 なんだったんだよさっきまでの深刻な雰囲気は。


 直は、この半年で最大級のため息をついた。


 がくん、と機体が一揺れした。


 どうやらヘリが着地したようだった。


 窓から外を見ると、一面の更地である。

 やはり基地に戻ってきたようだった。


 そこに何人か人の姿がある。

 次元怪獣迎撃対策課――まあ、実在はしないそうだけど――のものとは微妙に違う制服の人々。

 おそらくは、正式なWPOのメンバーといったところだろう。


 そして、その人々に保護されるようにセーラー服の少女が1人。


 あれは……。


 直が目を凝らそうとしたとき。


「送り迎えご苦労!」


 バカの声がした。


 慌てて振り向くと、さっきまで伸びていたはずの剛武郎が起き上がっていた。

 通路に立ち、手には拳銃を握っている。


「まさか目覚めーるとは……」


 呟きながら、傍らの刀に手を伸ばそうとするカーネル。

 しかし、銃弾がそれを阻む。

 ただの銃弾ではないようだ。

 音がなんか『ビビビ』という間の抜けたものだったし、それが当たった座席はドロドロに溶けたように穴が開いている。


「甘い! 甘すぎるねカーネル・アッシュフォード・タンストールくん! この私が、当身だの睡眠薬だので眠らされることへの対策をしていないとでも思ったかね!?」


 剛武郎は直に目を向け、


「おっと見神楽直くん。君もじっとしていたまえ。大人しくしていればなにもしないよ。色々と知りすぎてしまった君にもう素材としての価値はない。この世界に置いていくことにしよう」


「ちっ……」


 こっそりと剛武郎に近づいていた直は動きを止める。

 あんな一昔前の特撮に出てきそうな銃に撃たれたくなどない。


「なにもしない? どうせ、この世界をこのまま放っておく気なんてねえんだろうが」


「ふむ。そりゃそうだ」


 そう、彼は、酷く気軽に、至極簡単に、まったく当然のように答えた。


 知らず直は拳を握り締めていた。


「無駄なあがきはやめてくださーい」


 横からカーネルが言ってくる。


「GIFは停止させマーシタ。あれを暴走させて世界群を消滅させるつもりだったようですが、もう無理でーすよ。あなたの部下も全員捕獲していマース。もうなにもできマーセンよ」


 GIF――グラヴィトン・インストール・フォーマ。

 基地の地下にある、並行世界間を移動するための装置だったか。


 あれを抑えられたということは、剛武郎はべつの世界に逃げることもできないということになる。


 しかし彼に焦った様子はまったく見られない。


「そうかね? ならば、テセラクトにやってもらおうか」


「なんでーすって?」


「あの個体ね、こんなこともあろうかと、凍らせたときにちょっと仕掛けをしておいてね。

 テセラクトの成分を元にした薬品を使っていると言っただろう? あれは特別製で、効果が切れると同時にテセラクトの活動を加速させるようにしておいた。あと1時間ほどで、停止状態が解ける。するとあれは、薬品の影響で自らの意思とは無関係に体組織を膨張・拡散させる。それは数分のうちにこの世界を覆い尽くし、それでもまだ広がろうとして――」


「まさか」


 呻くように言った直に笑みを浮かべ――それも、とても楽しそうな――剛武郎は告げた。


「ドカン――『世界の終わり』だ。もちろん、『この世界群』の、だが」


「ってめえ!」


 直は思わず飛びかろうとする。


 が、その顔の横数ミリを、嫌な音の光線が走る。


 その隙にカーネルが動こうとするが――剛武郎は、いつの間にか反対の手にも銃を握っていて、それをカーネルに突きつける。


 どうしようもなかった。

 そうだエムは? と直は思うが、彼はこのヘリを操縦中だ。

 来られるはずがない。


「まあ、私たちがいなくなるまではおとなしくしていることだ。君たちが助かる道は残してある。これもまた実験ということで良しとしよう。有益なサンプルになってくれることを期待するよ」


「――ひとつ訊かせろ」


 扉から出ようとする剛武郎に直は言った。


「お前の目的――そうまでして探求することってなんなんだよ!」


「…………」


 言われ、なぜか一瞬口ごもる剛武郎。

 そして、やけに落ち着いた口調で答える。


「知りたいのだよ。全ての世界の全ての事象を。森羅万象ありとあらゆる素材を探求し尽くす。それが私の目的だ」


「し尽くして、どうすんだよ?」


「そうしたらまた新たな対象が生まれる。終わることなどないさ。いつまでも、どこまでも、知ることに終わりなどない」


「……意味が分かんねえ」


「理解されようとは思わんよ!」


 そう一声。


 そして剛武郎はヘリの外に飛び出した。


 途端、駆け出すカーネル。

 手には刀。

 直も後を追う。


 しかし、外に出ると剛武郎の姿は消え去っていた。


「やられマーシタ」


 悔しそうに言うカーネル。


「いったいどうやって逃げたんだ?」


 直が訊くと、カーネルは首を横に振る。


「分かりません……しかし、おそらく小型のGIFでも装着していたのではないでしょーうかね。ちょっと想定外でーした」


 そこで直は思い出す。

 触手型のテセラクトが出てきた作戦。

 あのときロッドの先端についていたオプションは、数秒だけ並行世界へ行けるというものだった。

 GIFの制限版だと剛武郎も言っていたが……


 あれの、ちゃんと移動が可能なものを、剛武郎は持っていたというわけか。


「あの野郎……」


 なにからなにまで虚偽と隠蔽にまみれている。


 そんな世界で直は、半年間茶番を演じさせられていたのだ。


 しかも、その怒りをぶつけるべき相手はもう逃亡したときてる。


「くそっ!」


 ヘリの壁に裏拳を叩きつける。

 しかし自分の手が痛いだけだった。


 もう、なにがなんだか分からなくなりそうだった。


 そこへ。


「えっと……」


 声がした。


 そういえば、と直は顔を上げる。


 さっきヘリの中から、セーラー服の彼女を見かけた気が。


「……やっほー見神楽くん」


 いた。


 彼女は照れ隠しのような笑みを浮かべて直に手を振っていた。


『この世界』の大隈沙詠だった。

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