第18話 この世界の嘘が暴かれるとき

 直がロックを解除すると和装の外国人が入ってきた。

 刀を腰から外し、畳の上に胡坐をかく。

 それが妙に様になっていた。


 直は冷蔵庫に入っていた麦茶をコップに入れて出し――コーヒーにすべきか緑茶にすべきか迷ったが、面倒くさいのでこうなった――彼の向かいに座った。

 カーネルは「かたじけない」などと言ってそれを一口すする。


「珍しいですね」


 直は一言そう告げる。


 この半年、何度かこの珍妙な人物と行動を共にする機会もあった。

 そのため、見かけや口調のわりには接しやすい人格だということは理解していたし、それなりに打ち解けてもいた。

 しかしそれでも、こうして面と向かって話をするようなことは今までなかった。


 しかもなんだか妙にシリアスな雰囲気だ。


 まあ当然といえば当然だが。


 カーネルは直の言葉に無言で頷くと、もう一口麦茶を飲んでから口を開いた。


「まず、カーネル・タンストールは断言する。見神楽直。君は騙されている」


「…………」


 コメントのしようがない。

 衝撃的だが、ある意味なんの内実も伴わない発言だ。

 誰に、とも、なにについて、とも言わない。


 直は、とりあえず黙って話を聞くことにする。


「これまでの、君と大隈沙詠によるテセラクト殲滅作戦。あれらは単なる茶番だ。次元怪獣迎撃対策課など存在しない。全ては見神楽剛武郎が仕組んだこと……」


 カーネルは淡々と言葉をつむぐ。

 大仰なジェスチャも大げさなアクセントもなく、静かに事実を述べていく。

 しかし、それでもどことなく焦っている様子なように直は感じた。


「全てを納得がいくように語るには今は時間が足りない。だから、とりあえず概要だけを把握してほしい。質問はなし。理解の拒絶もなし。よいか?」


 そう訊いておきながらしかし、カーネルは直が頷くよりも早く言葉を続けた。


「剛武郎は実験を行っているんだ。籠鳥市はそのための実験場だ。並行世界を把握するための重要なサンプルとしてのテセラクトと、その対となる大隈沙詠を生み出して――」


「なっ――」


 いくら事前に質問を禁じられていても、これにはさすがに沈黙を保てるはずもない。


 しかし、カーネルが説明を続けることも、直が抗議の声を上げる暇もなかった。


 ブビーと、ふたたびドアチャイムの音。

 押し黙る二人。

 少しすると、待ちかねたようにスピーカー越しに声がした。


「見神楽くん? いないの?」


「卯ノ花先生」


 直の担任で、ここではオペレータの卯ノ花舞花の声だった。

 直はほっと息を吐き、立ち上がりかけて――中腰の姿勢で止まった。


 今のカーネルの話が本当なら、ここは居留守を決め込むべきかもしれない。


 説明が中途半端すぎて現状が把握できていなかった。

 剛武郎がなにかを企んでいるとして、卯ノ花舞花はそれを知っているのか。

 直はどう対処すべきなのか。


 そもそもカーネルの話を信じる根拠もないのだった。

 今の話が全部嘘で、彼のほうこそなにかを企んでいる可能性もある。


 直はカーネルのほうに視線を向ける。

 彼は傍らの刀に手をかけ、扉のほうを緊張した面持ちで睨んでいる。


「――ごめんなさい。開けるわよ」


 反応が遅いのに業を煮やしたか、扉の向こうの舞花がそう言った。

 そしてなにやらパネルを操作する音が聞こえる。

 一応この部屋は直の音声でないと扉の開閉は不可能だが、どうせ管理者権限とかで勝手に解除できるのだろう。


 カーネルが音もなく立ち上がった。

 無言で直に下がるよう指示してくる。

 直は状況に流されるまま、それに従った。


 彼は刀に手をかけ扉の横に立った。

 そのまま静かに身構える。


 扉が開いた。


 カーネルは音もなく刀を鞘から抜き放った。

 舞花の身長を考えれば、ちょうど眼前に切っ先が来る位置だ。


 しかし彼女はいない。


 扉の正面にいる直からもその姿は見当たらなかった。


「?」


 一瞬の隙。


 銃声が響き渡った。


 呻き声をあげ、カーネルがその場に倒れこむ。

 刀が鈍い音を立てて落ち、赤い血が見る間に広がっていく。


「――――」


 あまりに突然で、直は声が出ない。

 バカみたいに口をパクパクと動かしていた。


「よっ」


 場にそぐわない軽い声と共に舞花が床に飛び降りた。

 彼女は、廊下の壁の、扉の上に張り付いて隠れていたのだ。


 中学生のような容姿と体格。

 その右手には、いまだ硝煙を漂わせている拳銃が一丁。


 違和感を通り越して、不気味なほどに不釣合いだ。


 しかも、直の傍らには彼女が生み出した死体が一つ。


 カーネル・タンストール。


 頭を撃ちぬかれ、彼は完全に絶命していた。


「そ……んな……」


 やっと声が出ても、まるで意味を成さない言葉しか出てこない。


 そんな直に、舞花は笑顔で近づいてくる。


「まったく困りますね~。こう、司令の計画を無視して情報を得られると、いろいろと面倒ですからね~」


 オペレート業務をしているときとはまるで違う、普段学校で見ているままの、のほほんとした口調でそんなことを言いながら、舞花は部屋に入ってくる。

 直は後退するが、すぐに背中が壁にぶつかってしまった。


「まあ、悪いようにはしませんからね~。とりあえず、少し眠っていてくださいね~」


 そう言って彼女は、空いている左手で尻ポケットからなにかを取り出した。

 学校では拝めないような素早い動きで、それを直の首許に押しつける。


 バジリ! という衝撃。


 それがスタンガンだと思い至るより早く、直は気を失っていた。


         ※


 轟音と激しい揺れで直は目を覚ました。

 どちらも、突然発生したのではなく、さっきからずっと存在していたようだった。


 轟音はプロペラとエンジンの音。

 揺れは真上へと昇る感覚。


 直はヘリコプタに乗せられているらしかった。


「カーネル!」


 そう叫んで、直は跳ね起きた。

 最前の光景が脳裏に蘇る。

 頭を撃ちぬかれ、畳に血の海をつくって絶命した彼の姿が。


 さらに記憶は飛び、氷漬けにされたテセラクトと巨大ロボット、そして腹を串刺しにされた沙詠の悲痛と苦悶の表情までも。


「うっ……」


 胃が締めつけられるように収縮し、脳が脈打つように痛む。

 直は一度起こした身を、すぐに横たえた。


 ベッドではないようだ。

 座席の背もたれをかなり深く倒してあるらしかった。

 足許には、跳ね起きた際に落ちたのだろう、毛布がうずくまっていた。


 ふう、と息を吐き出したところへ、隣から声がした。


「気分はどうだね」


「……最悪だ」


 先ほどと同じような言葉を、直は剛武郎と交わした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る