第9話 壊れる世界の魔法少女(3)
「親父……」
「博士!」
インカムから聞こえてきた剛武郎の声に、直と沙詠は対照的な声を上げた。
『ふふははは。安心したまえ二人とも。こんな事態はこの天才・見神楽剛武郎にしてみれば充分に想定済みなのだ。今からその場を切り抜ける方法を教えるから言うとおりにするんだ。……なんだね? 見神楽直くん? 出てくるのが早すぎたかね? もう少し対象年齢が高い感じのピンチに陥ってからのほうが――』
「いいから早く教えやがれ!」
触手ものに理解のある親とか最悪だ。
剛武郎はやれやれといったようにため息をつく。
『冗談が通じないな君も。――いいかね? そのロッドの先端内側にボタンがある。それはオプションの並行世界転移装置だ。この天才・見神楽剛武郎の超理論によって、数秒ではあるが、使用者をそのテセラクトがいない並行世界に移動させることが出来るのだ』
「なんだよその超ご都合主義な装置は……」
『めったなことを言うものではないぞ! 考えてもみたまえ。そもそも沙詠くんたちは並行世界から集められ「この世界」に定着している。だとしたら、並行世界間の移動が可能でなくてはおかしいではないか。なにもご都合主義ではないぞ。詳しく説明するとだな、この転移装置は天才・見神楽剛武郎の超理論によって量子論のトンネル効果を独自に並行世界論に適用して考案した……』
「よし分かった。行くぞ委員長」
なにやらまだくっちゃべっている剛武郎を無視して、直は沙詠に言う。
「うん」
『待ちたまえ!』
剛武郎が大声で言ってくる。
直は顔をしかめ、
「んだよ、まだなにかあるのか?」
『慌ててはいけない。いいかね? その装置の効果は数秒だと言っただろう。本来、沙詠くんたちを「この世界」に定着させるためには、それぞれの出身の並行世界での沙詠くん不在の影響が出ないように、莫大なエネルギィと繊細な調整でそれを補う必要がある。多大な労力を払って辻褄合わせをしなければならないのだ』
「だからどうした! こっちはてめえの自慢話と苦労話聞いてる場合じゃねえんだよ!」
直が叫ぶ先から、沙詠が声をあげる。
「わーわー! なんかベタベタしたのが服にとんできた! どーしよー! ぎゃ! こっちくんな!」
DLLを振り回して触手を追っ払う沙詠。
「おい! 御託はいいから早くどうにかしやがれ!」
『慌てるなと言っているだろう。呼び集めた沙詠くんたちを故意にそれぞれの並行世界へ帰還させられないのはそういう理由なのだ。そして、そのロッドについているのは、そんな移動装置の、さらに簡易版だ』
「だから!?」
「簡易版なので、ほかの並行世界への定着はしてしまわないが、その分効果時間が短い。正確には14秒とコンマ225。それだけの時間並行世界を移動したら「この世界」に戻ってしまう。それまでにその肉の壁を抜け出せないと恐ろしいことになるのだ』
「……どうなるんだよ?」
『考えてみたまえ。並行世界から「この世界」に戻ってきたとき、そこがちょうど肉の壁のある地点だったらどうなる? 君たちはテセラクトと物質的に混ざり合ってしまうことになるのだぞ』
「うええ……」
沙詠が口をへの字に曲げてうめき声を漏らした。
確かにそれは、直もごめんこうむりたい。
『しかもだな――』
「でも、大丈夫ですよ剛武郎博士」
さらにごちゃごちゃと言い募ろうとする彼に、沙詠は告げる。
『ん?』
「僕たちは、選ばれた可能性。そうでしょう?」
沙詠の言葉に、一瞬沈黙する剛武郎。
『――そうか。そうだったな』
しかし、すぐにそう言って、静かに笑った。
笑い声を残して、通信は終わった。
選ばれた可能性。
そうだ。この沙詠がこの作戦に選ばれたのは、成功が決定されているからなのだ。
1023人の大隈沙詠のうち1023人全員が、見神楽直と共に世界を救うルートにある。
だから彼女はこうして戦っている。
沙詠は確認するように頷き、まず疾走の体勢をとる。
こちらがなにかする気だと分かったらしい触手が一斉に向かってきた。
沙詠がロッドの頂点のボタンを押す。
とたん、触手の姿がぐにゃりと歪んで消え、屋根の上の風景が広がっていた。
べつの並行世界の同じ場所、ということなのだろう。
と思った次の瞬間、また風景が変化する。
ほとんど同じ、しかし植物の生え具合やら、遠くに見える屋根の形やらが微妙に違う。
そしてさらに風景は切り替わる。
今度は屋根の数が明らかに減っている。
まるでスライドショウ、あるいはテレビのチャンネルサーチ機能のように風景が入れ替わっていく。
「なんだよこれ!」
叫びつつも直は悟る。
剛武郎の『しかもだな』の後に続くのはこれだったのか、と。
この装置による移動は、14秒とコンマなんぼだかの間に1023の世界全てを勝手に巡るものなのだ。と
いうことは、一つの世界につき0コンマ01程度。
「それを一番先に言いやがれ!」
いない相手に思わずツッコむ。
その瞬間、目の前に肉の壁が現れ、また一瞬で消えた。
どうやらテセラクトが出現している世界を通過したようだった。
切り抜けられたのは沙詠が『定着』とやらをしていないおかげだろうか。
「にしても……こんなところ、目標を定めて移動するなんて至難の業なんじゃ……」
「こっちだよ!」
直の疑念を遮って、沙詠は確かな足取りで走り出す。
そこに迷いはない。
跳躍。
周りでは風景が変わり続ける。
しかし着地の瞬間、その足元にはちゃんと屋根があった。
沙詠が背後を振り返ると、ふたたび視界が歪みテセラクトが現れる。
もう風景が切り替わることはない。
元の世界に戻ってきたようだった。
気持ち悪い色彩の巨大な球体。
それが形を崩して元の無数の触手に戻りつつある。
どうやら逃れられたようだ。
「……なんてデタラメな」
「でもおかげで助かったでしょ」
直の呟きに答えながら、沙詠は再度バイザのスクリーンを確認し、目標に向きなおる。
「お、おい。一旦ひいたほうが――」
「大丈夫」
焦る直に対し、沙詠は笑みを浮かべていた。
戸惑うことなくスクリーンの赤い光が示す目標へと向かって突き進む。
「僕たちは選ばれた可能性。だから絶対に当たらない。負けない。死なないよ」
しかしたった今のピンチは、と言いかけて直は止める。
あれも初めから決まっていた、ということか。
無数の触手が、直線と曲線を組み合わせた複雑な動きで迫る。
しかしその全てが当たらない。
沙詠のすぐ傍を通り過ぎていく。
言うなれば、そう、沙詠は。
無数の選択肢の中から唯一つ、正解の道筋を見つけ出していく。
そして。
「あれだ!」
「見えた!」
直と沙詠は同時に声を上げた。
スクリーンの赤い矢印が全てそこを向いている。
全ての触手がそこから発生している。
暗闇。
黒色の、闇黒の、漆黒の、球体があった。
不気味な、言語化不可能な、色彩と動き。
沙詠は笑みを浮かべたままロッドを振り上げ、そして振り下ろした。
先端が暗黒に吸い込まれ、光を発する。
「うお!」
直は思わず目を閉じる。
といっても実際に閉じたわけではない。
どういう理屈かは知らないが、直の視覚は直の意思で遮断された。
それでも感じる、光の圧力。
続いて轟音。
耳を塞ぎたくなるが、それはできなかった。
風が巻き起こり、身体が吹き飛ばされる感覚。
そして直の意識も、一緒に吹き散らされた。
※
…………第2回作戦成果:テセラクト『撃破』数1、大隈沙詠『帰還』数1。
残数:テセラクト13、大隈沙詠906。
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