集団美少女戦士キューティ・パンツァー【再構成版】
三門鉄狼
第1話 世界の危機は始まった
——2009年 籠鳥市——
「じゃあねー、見神楽くん。また明日」
委員長の大隈沙詠はそう言って手を振った。
見神楽直はその背中を見送ってから、自分も同じように歩き出す。
高校から徒歩15分。
『かごのとりした』のバス停前。
直と委員長は毎日、そこまで一緒に下校し、他愛ない会話を交わし、このバス停前で別れる。
ある日、たまたま帰り道が一緒だったことを発見してから、そんな日が続いている。
べつに付き合っているわけではない。
学校ではほとんど言葉を交わさないし、一緒にどこかに出かけたりもしない。
朝、バス停前で待ち合わせをして一緒に登校したりすらもなし。
放課後の15分間。
一緒に歩いて会話する。
ただそれだけの相手。
まあ確かにめちゃくちゃ可愛いし話てて楽しいしあと胸が大きくて視線が思わずそっちに行ってしまったりするときもあるが……とにかく、そういう関係ではない。
日常の象徴のような存在である。
——その日常は、なんの前触れもなく崩壊した。
「うっ……なんだ?」
奇妙なめまいに、直は思わずかたわらの電柱に手をついた。
めまいだと思ったが、それにしてはおかしい。
どう考えても、自分の周りのほうが揺れているように感じる。
しかしかといって、地震でもないようだ。
無理やり表現するなら『世界がぐるりと一周したような感覚』とでも言うしかないような、おかしな感覚。
それはすぐに収まった。
「なんだったんだ?」
まだ少し揺れているような気のする頭を振って、直は顔を上げた。
——怪獣がいた。
「は……?」
脳がフリーズする。
『かごのとりした』のバス停から真っ直ぐにバス通りを進みむと、籠鳥市の中心街に向かう。
そのバス通りの中央に。
いくつかのビルの向こう側に。
巨大な鯨が浮かんでいるのだ。
ただの鯨ではない。
ところどころが崩れて、肉片が垂れ下がり。
ところどころは腐って、骨まで露出している。
いうなればゾンビ鯨とでも表現すべき怪獣。
それが、当然のように、必然のように、籠鳥市の空を飛んでいた。
目がおかしくなった?
頭がおかしくなった?
できれば前者であってほしいと思いながら直は目を擦るが、ゾンビ鯨はいっかな消えてくれる気配がない。
そのうち、ゾンビ鯨の身体から垂れ下がっていた肉片が重力に引かれるようにちぎれて落下し始めた。
落下した肉片は真下にあった建物に当たり、大爆発を起こす。
轟音を響かせ、炎を吹き上げ、建物を崩壊させ、破片を撒き散らした。
人々が逃げ惑う。
悲鳴が響き渡る。
「なんだ……これ、どういうことだよ……」
逃げなきゃいけない。
わかっているのに、直は動けなかった。
逃げてしまえば認めることになる。
この光景が現実だと。
あの怪獣が本物だと。
『なにを惚けているのだ、見神楽直くん!』
不意に声が聞こえて、直は我に返る。
「親父……?」
もしかしなくても今の声は直の父親、見神楽剛武郎の声だった。
ここ1ヶ月ほど母親と一緒に旅行に行ったっきり帰ってきていない父親である。
昔からよくあることだったので大して気にもしていなかったが。
そんな父親の声がこんなときに聞こえてくるなんていよいよ自分も焼きが回ったか……などと考えていると、ふたたび声がする。
『なにをしている! こちらだ見神楽直くん!』
うるっせえな、実の息子を変な呼び方で呼ぶんじゃねえよと思いながら声のするほうを見ると。
猫がいた。
黒猫だ。
胸と耳毛だけが白い。
よく見ると、額に宝石のようなものが埋まっている。
『出番だぞ、見神楽直くん』
その猫がしゃべった。
剛武郎の声で。
「うわああああああ!」
『そう驚くことはない! この猫は猫に見えて猫にあらず! 我々が開発した自律型の量子コンピュータ搭載型AI端末、Multi-Convenient Active Tool、略してM-CATだ!』
「は? なに? なんだって?」
『む? 説明不足か? 量子コンピュータというのは量子の曖昧性を理論に適用したコンピュータのことだ。通常のコンピュータが0と1をスイッチの切り替えで選択するのに対し、それぞれの割合によって計算を行うのが量子コンピュータだ。これによって……』
「いやそんな話はどうでもいい」
ベラベラと喋り出す剛武郎(猫)を止める。
我々、と彼は言った。
直は父親の仕事をよく知らないが、そういうコンピュータ関連の開発の仕事をしていたのだろうか。
いや、そんなことより。
「出番、ってなんの話だ?」
『決まっている! 突然の日常生活の崩壊、怪獣という唐突な非日常の出現、そこへ突如届く父親からの連絡——この先の展開はいたって当然にして極めて必然だ!』
そして剛武郎はわずかに言葉を溜めて、
『君があの怪獣を倒すのだ、見神楽直くん』
は……?
あまりにもな剛武郎の発言に、直の脳はふたたびフリーズする。
フリーズしたところに剛武郎の言葉が遠慮なくなだれ込んでくる。
『あの怪獣は、余剰次元から出現しこの世界を破壊する存在。我々は次元怪獣、もしくはテセラクトという呼称を使用している。余剰次元とはなにか、テセラクトとはどのような存在か、その目的はなにか——詳しく説明したいところだが今は時間がない。確かなことは2つ!』
情報が多すぎて頭がぐらぐらしてくる。
『テセラクトを倒さなければ世界が滅びるということ! そして、それを阻止できるのは君たちだけだということだ!』
一気に。
おそらく剛武郎の妄言のせいで。
直は現実感を喪失していった。
なんだか目の前の光景が夢のような気がしてきて。
自分がいるのが仮想現実のゲーム世界かなにかのような気分で。
そういやこの前そんなラノベが発売されてたよなーなどと思いながら直は言う。
「……俺になにをどうしろっていうんだ? 巨大ロボットに乗って戦えとか言い出すんじゃないだろうな?」
『いずれそういう機会もあるだろうが今回は違う!』
そういう機会もあるのかよ……。
げんなりした気分になりつつ、直は言う。
「じゃあなんだ。突然魔法やら異能力やらに目覚めるのか? 宇宙人と融合か? それとも……」
『まあ落ち着きたまえ!』
言われて初めて、直は自分が焦っていることに気づく。
まあこの状況で焦らない方がどうかしている。
今もゾンビ鯨——テセラクトとやらは肉片をばかすか落下させて街をどかどか破壊している。
避難が終わったのか、人の叫び声は聞こえなくなっていた。
実際、逃げ回る人の姿もいつの間にかなくなっている。
無人の街を破壊する怪獣。
その光景が余計、直に現実感を喪失させる。
『こちらへ来るのだ!』
剛武郎に言われ、直は黒猫についていく。
尻尾をゆらゆらさせ、てってこ歩いていくその姿は普通の猫にしか見えない。
なんだかまだ騙されているような気がしながら歩いていったその先には、
——秘密基地があった。
いや、周りからまったく隠蔽されていないので全然『秘密』基地ではないのだが、見た目はそうとしか言いようがない。
天文台を彷彿とさせるドーム型の建物。
屋根にはアンテナがいくつも並び。
壁にはレーザーでも出てきそうな砲塔が揃い。
すぐ目の前の道を戦車が5台ほど通過していった。
「おい……親父」
『驚いたかね見神楽直くん! いきなり自分の家が解体されて、代わりにこんな超絶カッコいい秘密基地が出現していれば、まあ無理もないがな!』
カッコいいかどうかはともかく完全に同意だ。
「ほんと……今目の前にいたらぶん殴ってるところだからな……っ」
もしかしてそれを見越してこの猫を派遣したのだろうか。
なにもかもふざけている。
事態が深刻なのかどうか。
危機迫っているのかどうか。
そういうのはひとまず置いておいて、とにかく直の周りのなにもかもがふざけている。
しかし——本当にふざけた状況はここからだった。
「待ってたよ、直くんっ!」
「え、委員長……?」
ついさっきまで話していた、聞き慣れた声。
しかしその口調も、トーンも、呼び方も違うそれに違和感を覚えつつ視線を向けた先。
——1023人の大隈沙詠が立っていた。
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