最終話

 そして、テルシロが五歳の誕生日を迎える前日。


 ルシアノは一人、早朝から教会でひたすら祈りを捧げ続けていた。


「神様……テルシロの命だけはどうかお助け下さい。私の身がどうなっても構いません……!」


 それは、心からの願いだった。


 額が擦りむくほど、何度も何度も頭を床に擦り付けるルシアノの頬には涙が滴り、彼の頭の中にはカリナとテルシロが笑顔で抱き合う姿が浮かんでいた。


 ルシアノは人を愛することで初めて知ってしまった――守る者がいる幸せと、それを失うことの“怖さ”というものを。


 そんな時。


 ふと、背後に誰かの気配を感じたルシアノが振り返る――そこには、あのタナスが悠然と腕を組んで立っていた。


「こんなところで再会出来るとは、光栄でございますね……王太子殿下」


 ルシアノは驚きつつも、タナスの足元にしがみついて懇願した。


「た、頼む、テルシロから奪った寿命を返してくれ!! 代わりに俺の寿命を差し出すから!!」


「私としてはそれで宜しいですが、殿下がまた以前のように自分勝手なことを繰り返すのなら……テルシロ様のお命はすぐさま尽きることになりますよ」


「それで願いを聞いてくれるのなら構わない!! 俺は残された寿命を全て……カリナとテルシロの二人に注ぎ込むつもりだ!!」


「……承知致しました。御覚悟をお決めになられたのですね」


 タナスはおもむろに跪くルシアノの頭へ手をかざすと「これでテルシロ様の寿命は元に戻りましたよ」と静かに囁いた。


「お、俺は……いつ、死ぬんだ……?」


「残念ですが、殿下の寿命がいつまでかはお教え致しかねます。『明日死んでしまうかも知れない』というおつもりで、毎日をお過ごし下さいませ」


 ガックリと肩を落とすルシアノを残し、教会の扉を開けたタナスは、その先にある闇へフッと溶け込んでいった――。


 その後、数年が経過すると。


 意外にもルシアノは病にかかることもなく、すこぶる健康なままカリナとテルシロと三人で幸せな家庭を築いていた。


 他界したビセンテから王位を継承したルシアノは、民達に“命の大切さ”を説いた。

 特に『旦那は嫁と子供を大事にしろ』と民達の前で力説し、子育てがしやすい国作りを目指して精一杯に励んだ。


 その甲斐あってか子沢山となったフェリテ国は、若い働き手が増えて大繁栄を果たすこととなる。民達は長きに渡ってルシアノを“偉大な国王”と崇拝したのであった――。



 話は、テルシロが誕生する数日前に遡る。


 ルシアノの傍若無人ぶりに頭を悩ませていたビセンテ王は、古くから知るを王宮に招いていた。


「医者の身で忙しい中、こんな遠くまで来てもらってすまんな……タナス」


「親友のお前に呼ばれたのなら、大した距離ではないさ。それで『相談したい』というのは、やはりあの馬鹿息子のことか?」


「ああ、恥ずかしい限りだが、私にはどうにも制御出来んもんでな」


「ならば、死刑間近の囚人を一人用意してくれ。それと、出産間近の王太子妃も診察してやりたい。出来るか?」


「もちろん可能だが……タナスよ、一体何をするつもりなんだ?」


 予期せぬ要求に、ビセンテ王が顎に指を添えながら尋ねると、タナスは不敵な笑みを浮かべた。


「“人はどうすれば変わるのか”……見せてやるだけだ――」




 冥王の化身。




 そんな者は、元からこの世に存在などしていない。あったのは、息子を憂う“親心”だけだったのだ――。


 fin

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馬鹿な父親が“産まれてくる子の寿命”を知るとこうなる @akatuki0821

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