川崎が異界と繋がってしまったので探偵として街の平和を護ります8

@CircleKSK

第1話 川崎区東扇島 川崎港コンテナターミナル

 川崎市川崎区。人口約23万人。政令指定都市の中心部。 異界と現世が入り交じる街。 川崎という街は、常に奇妙な事件と隣り合わせである。

 俺はこの街で探偵業を営んでいる。 事務所は仲見世通りのカラオケボックス「レインボーブリッジ」の裏手、雑居ビルの二階。

 仕事の依頼は、行方不明者の捜索や裏社会の揉め事、そして——異界絡みの厄介ごと。

 

 川崎港が赤く染まったのは、ある朝のことだった。

 比喩ではない。 朝焼けが映ったわけでもなく、工場の排水が流れ込んだわけでもない。 夜明け前から、すでに海は真紅に染まっていた。

 どこからどう見ても異常だった。

 ただの異常で済むならいいが、川崎港はそんな甘い街ではない。異常の先には、大抵、事件が待っている。

 

「というわけで、ちょっと見に行ってくれないか?」


 俺の事務所にやってきたのは、川崎港で働く港湾荷役業者こうわんにやくぎょうしゃの社員だった。 小柄で痩せ型、色白の男。見るからに現場仕事が似合わない。いや、今のは偏見かもしれないな。


「赤潮の影響かもしれないけど、それにしては変なんだよ。魚の死骸もないし、臭いもしない。なのに海だけが赤い。しかも……」

「しかも?」

「夜になると、港の倉庫街で、妙な低音の唸り声が聞こえるらしいんだ」


 低音の唸り声。 それが何なのかは知らないが、「妙な」ことは間違いない。何かがそこにいる。何かが、目覚めようとしている。


「で、俺に調べてこいと?」

「そういうこと。報酬は出すし、必要ならうちの作業員にも手伝わせる。ただ、あんまり人には言いたくない話なんだ。上の連中は赤潮だって決めつけてるし、問題が起きる前に解決したいんだよ」

 ふむ。

 俺は顎に手を当てた。 異界絡みの案件である可能性は高い。 俺がこういう仕事を受けるときは、大抵そういう流れになる。


「東堂、お前どう思う?」


 問いかけに応じたのは、デスクの上で丸まっていた黒猫だった。


「海が赤くなる……血の匂いはしないが、妙な低音の唸り声がする。ただの異変じゃないな」


 東堂は元探偵で異界絡みの事件に巻き込まれ、猫になっちまった。

 今は人間に戻る方法を探しながら俺の事務所で飼われて——じゃなかった、居候している。

 トレードマークである首輪の鍵には、異界の扉を開ける力がある。

 

「赤潮じゃないなら、原因は?」

「赤——力、生命力を表す色だ。あの辺りは、昔は漁業が盛んだったが、埋め立てで廃業された。となると、海に封じられていた何かが、目覚めようとしている……そんなところか」

「何かってなんだよ」

「重要なのはそっちじゃない。『退治』じゃなく、『封印』すべき何かってことだ」


 つまり、復活したら手が付けられないくらいヤバいやつってことか……。

 

「……レイにも声をかけておくか」


 レイは川崎のソープランド「フルーチェ川崎校」で働く魔族のお姉さんで、こういう話なら、あいつに頼るのが一番だ。俺はスマホを取り出し、レイに発信した。


『もしもし?』

「仕事だ。お前の得意分野っぽいやつ」

『いや、今日ちょっと予定あるんだけど?」

「頼むよ~、喋る猫と、ちょっと体力に自信あるおじさんだけじゃ、正直ヤバそうなんだよ」

『ふふ、しょうがないな。夜でいい?』

「助かる!じゃあ、後で店で!」


 通話を切る。これで準備は整った——が、東堂は呆れ顔だ。


「……なんだよ?」

「レイはやめとけ。脈、ないぞ」

「元探偵の観察力ってやつ?」

「見てりゃ、誰だってわかる。それに、俺は今でも探偵だ」


 東堂は、今でも人間に戻ることを諦めていない。

 ここにいるのも、何か情報が入ってくるのを期待してるからだ。

 それに、俺の見てないところで色々調べているのも知っている。


◆ 夜、川崎港。


 普段ならコンテナの影にちらほら人影が見えるはずだった。だが、この日は違った。作業員すらほとんどいない。

 赤く染まった海が、無言のうちに人を遠ざけているようだった。


「……確かに、妙ね」


 レイがつぶやいた。

 俺たちは港の一角、立ち入り禁止区域の前に佇んでいた。


「妙というより、露骨にヤバい気配がするけどな」


 東堂がしっぽを揺らす。


「ここで何が起きてるのか、もう少し調べる必要があるな」

「じゃあ、さっそく行く?」

「もちろん」


 俺たちは倉庫街の奥へと進んでいった。

 その先で、俺たちは見た。

 海の奥深くで——何かが、蠢いているのを。

 水面の赤が、生き物のように波打つ。

 だが、それは"ように"ではない。まるで巨大な竜が、深海の底で身じろぎしているかのような、圧倒的な存在感を放っていた。

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