ひなまつりって、かわいいじゃん

ヤマメさくら

第1話


「え? お前、誕生日、三月三日なの? ひなまつりじゃん」

 杉野が驚いたように言う。

 俺は片手で頭をかく。

「あー、だから言いたくなかったんだよ。それ、言われるし。男にひなまつり関係ないし。むしろ、女の子ばっか祝われる日で、俺、つまんねえし」

「いやいや、いいじゃん。ひなまつりが誕生日って、なんか、かわいいじゃん」

「かわいいとか、いらないし」

 不満顔の俺に、杉野はほほ笑む。

「いや、でも、ほんと、お前ってかわいいから」

「なっ、何言ってんだよ!」

 頬が赤くして、俺はうつむく。杉野の目を、もう見ることができないよ……。


 ……なんてな。

 妄想だ。全部妄想だ。

 俺は妄想が好きだ。

 それ以上に、クラスメイトの杉野のことが好きだ。

 だから、いつも、杉野登場の妄想に勤しんでいる。

 今は昼休み。教室の杉野の席は、俺のななめ後ろ。俺は横向きに座って、杉野や他の友人とだらだらしゃべりながら弁当を食う、という体でいながら、実は妄想をしていたのだ。

 いや、妄想なんてしてないで本人としゃべることに集中しろよ! って、思ったやついるだろ?

 ごもっとも。俺だって、現実の杉野とぺちゃくちゃ長々とおしゃべりできるなら、妄想なんてしない。

 けれど、杉野はモテるのだ。そばで飯を食っている女子たちが、やたらに話しかけて来るから、杉野は俺とおしゃべりする時間的余裕がないのだ。どうでもいいような話でも聞いてやる優しい杉野。

 くっそお、女子たちめ、お前らんとこで飼ってる犬猫の写真や動画なんて、毎日杉野に見せる必要、ほんとにあるのかよ!

 で、でも、杉野が本気で動物好きなら、俺も、なんか飼おうかなあああっ。

「あ。そう言えば、森川、お前、もうすぐ誕生日じゃね? 三月三日」

 突然、俺の後ろの席の谷村が言った。

「ひなまつりだね」

 俺が返事をする前に、女子の一人が言った。

「うん、そう」

 俺が頷くと、その場にいた全員が、へえ、という反応をした。うむ、分かっている。俺の誕生日がひなまつりだろうが、牛の日だろうが、地球が宇宙人に侵略された日であろうが、こいつらにはどうでも良いのだ。

 あっさりとした反応。

 杉野も、そうだった。

 あああ、めちゃめちゃ悲しいよおっ。

 もちろん、俺はそんな感情を顔には出さず、女子が提供した次の話題に頷く杉野の横顔を、ほほ笑みをもって眺めた。


   ※


 杉野を好きになったのは去年の四月、つまり高二になってからだ。高一のときからその存在は知っていたけど、クラスが違ったから話すこともなくて、女子にやたらモテてるやつがいるなあ、という印象ぐらいしかなかった。

 好きになった理由は、よく分からない。いつの間にかってやつだ。

 杉野は大きなクッションみたいなのだ。容姿が、ではなく、雰囲気が(ちなみに杉野はすらりと背が高く、顔はもちろんイケメンだ)。一緒にいると、穏やかな気持ちになれる。安心できる。杉野は口数が少ないけれど、話す言葉には、いつも他人への優しさがあるなあ、と俺は思っている。

(……でも、そんな杉野の優しさが、俺に向けられることはなかったなあ)

 とぼとぼと歩く帰り道。俺は昼休みのあのときを、妄想で楽しい場面へと作りかえようとしたが、うまくできなかった。

(よく考えたら、男の誕生日がひなまつりって、それ以上でも以下でもないって感じだもんな。へえ、が妥当だよ)

 うん、このことは忘れよう。さて、妄想しよ。俺が猫を飼ったとき、杉野がどう反応するか。

「森川」

 いきなり、呼び止められた。杉野の声に。

「あれ、杉野? なんでこんなとこいんの? 家、方向違うじゃん」

 振り返った俺は、あまりの緊急事態に失神寸前でありながら、平静を装った。

「ちょっと買いたい物あってさ。この先に、スーパーあるよな?」

「うん、ある」

「じゃあ、一緒に行こう」

「うん」

 スーパーは、すぐそこだった。着くと、ちょっと待ってって、と杉野は中に入って行った。


 妄想の土台。

 ① なぜ俺まで行く必要があったんだ? おまけに、入口の扉の横で待つことになって。

 ② スーパーの特設コーナーは、今、ひなまつり真っ盛りだぞ(つい先日母親の買い物について行ったから知っている)。


「悪い、待たせた。けっこう中混んでてさ」

「いいよ、何買ったんだ?」

「これ」

 杉野が俺に差し出す、ひなあられ。「ちょっと早いけど、誕生日プレゼント」

「え? いや、俺、確かに三月三日生まれだけど、ひなあられって」

「ひなあられって、なんか、森川みたいにかわいいなって、俺、思ってたんだ」

「何だよ、それ。……でも、ありがとう」

 なんて幸せなサプライズ。

 そして、俺たちは近くの公園で一緒にひなあられを食べるのだった。


 と、待っている間、俺の妄想は加速した。まあ、きっと、杉野はスポーツドリンクか何かを買って来るのだろうなあ、俺を誘ったのに特に深い意味はない、すぐ出て来るから待たせただけだろうな、と心の隅で思いつつも。

 ところが、なんと、現実が妄想と同じ進行をした。

「待たせて悪い。けっこうレジ並んでた。あ、これ。ちょっと早いけど、誕生日おめでとう」

 だが、スポーツドリンク数本の入った袋から杉野が取り出して俺に差し出したのは、赤白緑の三段重ね、菱餅だった。

「え、なんで菱餅!?」

 思わず、俺は言ってしまった。

「変か?」

 杉野が、ちょっと困ったような顔になる。

「いや、全然変じゃない、ありがとう」

 俺は奪うように菱餅を受け取った。

「ひなまつりんとこに売ってる中で、一番それがかわいいと思ったんだ」

「うん、確かにかわいい」

 俺は、両手で持った菱餅を胸に押し当てた。「ありがとう、杉野。ほんとに、すげえ、うれしい」

 すると、杉野が笑った。照れくさそうに、うれしそうに。

 これまで、俺が見たことのない、妄想したことのない、杉野の笑顔だった。


 やばっ。ひなまつりって、最高に楽しいじゃん!


              終わり

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