私を壊して、愛して──壊血の魔女の囁き

ポロポ

血の中の静寂


ダークで濃密な百合 を求める方へ。

ゆっくりと絡み合っていく二人の関係を、どうぞお楽しみください。


それでは、血と魔の夜へようこそ――。


――――――――――――――<前書き>――――――――――――――



 ──魔は、殺すものだ。


 それが皓月 響こうづき ひびきの頭に刻み込まれているルールだった。

 疑う余地など、どこにもなかった。


 廃ビルの奥へと踏み込む。

 暗闇に沈んだ空間は、雨水と錆の匂いが混ざり合い、鼻を刺す。

 足元に転がる瓦礫を避けながら、響は静かに歩を進めた。


 標的は異形──魔。

 それも、ここには複数いる。


 ──先に気づいたのは相手だった。


 闇の中から、低い唸り声が聞こえる。

 次の瞬間、異形が影から飛びかかってきた。


 "シュンッ"──!


 一閃。

 剣が閃いた刹那、肉が裂け、血が弾ける。

 響は表情ひとつ変えずに、倒れた魔の首元にもう一度刃を振るった。

 確実に殺す。

 倒れた異形を見下ろしながら、響は軽く息を吐く。


 ──問題なし。


 しかし、その時。

 奥の暗闇から、震える声が聞こえた。


 「たすけて……こわい……」


 響の足が、一瞬だけ止まる。


 (……まだ、いる。)


 声の方へ目を向ける。

 そこにいたのは、子供の姿をした魔だった。

 小さな体を抱きしめ、壁際に蹲っている。


 響は剣を構えた。

 迷うな。

 魔は殺すもの。


 子供であろうと、魔である限り、例外はない。

 たとえ人間と変わらない姿をしていようと──。


 ──"シュッ"!


 一瞬の刃が振り抜かれる。

 魔の首が、音もなく転がった。

 血が地面に飛び散る。

 響はゆっくりと剣を下ろし、淡々と呟いた。


 「……問題なし」



 響は、倒れた魔の遺体を一瞥する。

 その顔を見ないようにして。


 遺体に目を向ければ、何かが生まれそうな気がした。

 だから、見ない。

 見なければ、何も感じなくて済む。


 ──だが、視線は自然と下へと落ちる。


 刎ねられた魔の手が、小さいことに気づいた。

 人間の子供と変わらない、か細い指。

 その時、響の心臓が、一瞬だけ跳ねた。


 (……何でもない)


 響はゆっくりと息を吐く。

 まるで、それを自分に言い聞かせるように。


 そのまま立ち去ろうとする。

 しかし、気づけば響は自分のマントを外し、魔の遺体にそっとかけていた。


 響は、己の手を見下ろす。

 刎ねた首の感触がまだ残る指先。

 マントを遺体にかけたその手が、微かに震えていた。


 ──自分でも、理由はわからない。


 けれど、次の瞬間。

 響はすぐにその手を握りしめた。


 (こんなことに、意味はないのに)


 頭を切り替える。

 目の前の死体は、ただの任務の結果にすぎない。

 そして、響は何事もなかったかのように廃ビルを後にした。

 小さな死を背にして──。

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