ひなまつりの日が嫌いな理由

多田莉都

第1話

「蒼斗くん、おひなさまを飾ったんだけど、見に来ない?」


 昼休み、下駄箱のそばで浜口莉愛はまぐちりなが僕にそんなことを言った。

 5年で初めて同じクラスになった莉愛とは二学期ぐらいからよく話すようになった。こんな誘いが来るとは思ってもみなかった。


「おひなさま?」

「うん、ママにね、飾ってもらったの。すっごいキレイなんだ」

「そっか……うん……そっか」

「ん?」


 どう答えるかと悩んでいると、莉愛は首を傾げた。


「あ、こういうの嫌だった?」

「違う! え、いや、あの……そういうわけじゃなくて」


 嫌なはずがない。むしろ莉愛に誘われたことはとてつもなく嬉しい。

 僕はすぐに否定しようとしたが、いい言葉が思いつかなかった。決して莉愛の家に行きたくないわけではなかった。


「別にいいよ、無理しなくて」


 そう言うと莉愛はクルッと僕に背を向けてしまい、廊下を歩いていこうとした。まずい、明らかに莉愛は不機嫌になっている。


「待って、莉愛。違う」


 僕は慌てて莉愛の前に回り込んだ。

 莉愛は目を細めてにっこりと笑みを浮かべた。表面上は笑顔だけど、これは偽りだ。マンガだったら血管マークが顔に出てそうな笑顔だ。


「どうせ男子と遊ぶ約束があるとかでしょー? 無理しなくていいって」

「いや、違……」

「あ、もしかして、ほかの女の子に誘われてた? いいよー、そっちに行ってね」

「全然、違……」


 僕の話を聞こうともしないで莉愛は廊下を歩いているクラスメイトの子を見つけると、そいつに向かって走っていった。これ以上、追いかけると僕が変な奴みたいに思われそうで、僕は立ち止まった。


「なんなんだよ……」


 僕が一人で立ち尽くしていると、


「どしたん?」


 と後ろから声がした。振り返ると、三月だというのに日焼けの抜けてないショートカットの子が立っていた。檜山朱里ひやまあかりだった。彼女はサッカーボールを持っていた。女子サッカーをやっている朱里は昼休みもサッカーをやっていたのだろう。


「あー……」

「なんか、莉愛が怒ってるみたいだったけど、蒼斗が怒らせたの?」

「そんなつもりはなかったんだけど」

「何やってんの、こんな日に」

「だってさぁ……」


 僕は朱里に事情を話した。

 莉愛はサッカーボールを右手の中指の上で器用にクルクルと回転させながら「なるほどねぇ」と言いながら何度かうんうん頷いた。


「莉愛ちゃんは、あんたが莉愛ちゃんに行きたくないんだろって思ったってことか」

「いや、だから、違うし」

「私に言われても」


 あっけらかんと朱里はそう言うとボールの回転を止めた。たしかに朱里に説明してもなんだよなぁと僕は思った。


「まぁ……自分からアピールしにくいことってあるよね」


 その朱里の言葉に僕はひとつ頷いた。なぜか朱里も頷いた。


「私からちょっと話してみてあげるよ」

「え、マジで」

「うん。『蒼斗は、ひなまつりが嫌いなんだよ』って」

「その言い方まずいって」

「嘘じゃないじゃん」


 朱里は笑った。

 そう、朱里は嘘は言っていない。幼稚園の頃から友達である朱里は知っている(ついでに、僕が莉愛のことが気になっていることも知っているわけだが)。


 僕は、ひなまつりなんて大嫌いだということを。

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