覚えていますか

 2030年7月26日


 プリムを連れて公園に現れた紬に、修造とレイユは目を見張った。紬はそれに苦笑いする。


「昨日からいてね。スフィアに惹かれたんだって」

「そうなのか……」

「お久しぶりにゃん!」


 笑顔で手を挙げるプリムに、修造とレイユも嬉しそうに笑った。


「オレ達からしたら数日ぶりなのに、もう何年も会ってない感じするわ」

「安心するな。そうだプリム。お前は一輝のこと、知ってるか?」


 レイユが尋ねるのに、プリムは首を振った。


「紬にも訊かれたけど。覚えてないにゃん」

「そっか……」


 レイユは予想していたのか軽く肩を落とすのにとどまった。修造は唇をかんでうつむく。

 その顔を紬はのぞきこんだ。


「私は、一輝くんのこと、知ってるよ」

「え?」

「なんて?」


 紬は小さく笑った。それが単なる聞き返しではないのが分かったからだ。修造なんて期待が目からあふれて輝いている。


「一輝くんのこと、私知ってるかも」

「マジか!」

「昨日話を聞いていたとき、まさかと思って帰ってから調べてみたの」


 一度唇をなめる。


「私のお父さんのアルバムにプリムが写ってた」

「お父さん⁉︎」

「じゃあお前、日向かよ⁉︎」

「え⁉︎」


 急に苗字を当てられると思わなくて一瞬反応が遅れる。


「う、うん。日向紬」

「父さんは日向一輝?」

「うん」


 修造は親指で自分を指した。


「オレ、一輝の父親。日向修造」


 ……日向修造。オレ、父親。


 一瞬日本語が分からなくなってしまったかと思った。


「はあぁぁぁ⁉︎」


 思わず叫ぶ。信じられない、という思いが胸を占め、けれどそれは一瞬で「そうなのか!」と納得の気持ちにぬり替えられていく。

 言われてみれば祖父の名前が修造なのは聞いたことがあったし、紬も不思議についての耐性がつきはじめていた。


「ねぇ、会ってみる?」


 修造の目が見開かれた。このことは昨夜、かなり考えた。父の反応を隅々まで思い返してみた。


「たぶんお父さん、覚えてるよ。どうしてレイユやプリムの記憶が消えたのかは分からないけれど、本人は覚えてる。そういう感じだったよ」


 じゃなきゃ、あんな言葉は出てこない。一人の自撮り写真なんてものをアルバムに入れて家に置かない。


 修造くんが救われてほしい。


「オレ、会いたい」

「うん」


 修造は揺れる瞳で紬を見た。


「会わせてくれないか」

「もちろん!」


 幸い、今日は休日だ。母は友達とショッピングに出ていて、父は家にいる。早速連れて行くことにした。


 五分足らずで家につき、玄関の前で一度深呼吸。ゆっくりとドアを開ける。


「……どうぞ」

「お邪魔します」


 その声に反応して父––––一輝が出てきた。


「いらっしゃい」


 自分よりも上にある顔を、修造は見上げた。こくりと、そののどが動く。紬は思わず視線を逸らしそうになった。


 すっかりおじさんになった一輝。少年の時とは声も違うだろう。


 紬にとっては見慣れた一輝だとしても、修造にとってはそうではない。

 ––––目を逸らしちゃダメだ。


「あ、あの……」

「うん?」


 一輝は優しげな表情を浮かべる。目尻に笑いジワができたのを見て、紬はなんだか後ろめたい気持ちになった。

 修造が少し目を伏せる。紬にも緊張が伝わる。


「––––覚えてますか。……覚えてる? お前にとっては三十年前だけど……」

「え?」


 きょとんとした顔。無理もない。そう頭の隅で思いつつ、紬と修造の表情は強張る。


「小学生の頃。妖怪とタイムスリップしたこと、覚えてるか?」

「え?」


 かなりストレートに修造は言った。これだけ言えば思い出すはずだ。いくら三十年前だからと言って、こんな強烈な体験を忘れられるはずがない。しかし一輝はきょとんとしたままだ。戸惑いすら見て取れた。紬は思わず一歩前に出る。


「修造くんだよ。修造くんとレイユだよ。プリムもいるよ。お父さん、一回見てるんだから見えるでしょ?……覚えて、いるでしょ」


 一輝は目を見張って紬を見た。


「どうした? 紬、泣いて……」

「っ」

「紬、いい」


 修造はうつむいた。隣の紬に聞こえるくらいの小声で言う。


「見えてねぇよ。一輝にとって、ここにいるのはオレと紬、二人だけだ」

「っ……!」


 どうしよう。


 目を逸らさないと決めたのに、修造を直視できずうつむいた紬の肩を修造はポンと叩いた。


「……会わせてくれて、ありがとな」


 修造はバッと家を飛び出した。


「修造!」


 レイユが慌てて後を追う。紬もハッと顔を上げた。涙を拭って、外を振り返る。


「月俣神社で、待ってるから!」


 このまま修造達にまで会えなくなるのは、絶対にダメだ。そう反射的に声を上げたものの、紬は唇をかんだ。


 ……私のせいだ。

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