GNZ5 ON STAGE!?

ぼんげ

GNZ5 ON STAGE!?

 都内某所のライブ会場、楽屋にて。


杏奈あんな、遅いわね……」


 パステルピンクとホワイトを基調にしたフリフリのアイドル衣装に身を包んだ若い女性が、楽屋の時計とにらめっこしながら貧乏ゆすりをしている。彼女の名前は三崎みさき優菜ゆうな


 ピンクの可愛らしいブーツの足先が床に当たりカツカツと音を立て、それに合わせ高く結んだツインテールもゆらゆらと揺れている。


「事故にでも遭ってないといいんですけど……」

 

 そう心配そうに答えるのは相田あいだ未海みう。少し気弱そうな彼女の衣装は、優菜の衣装でいうパステルピンクの部分がパステルブルーになっている。


 その不安げな視線の先では、黒ティーの会場スタッフたちが一様に、携帯電話や機材を持って右往左往していた。


 プルルルル。


 すると、楽屋中央のテーブルへと無造作に置かれたショッキングピンクの携帯電話が、突然けたたましい着信音を立てる。


「マネージャー! 電話鳴ってるよー!」


 活発な口調で電話の主を大声で呼び寄せる彼女は菊池きくち絵里えり。その快活な印象故だろうか。衣装のパステルイエローがよく似合っている。


「あら本当だわ。ありがとね、絵里」


 絵里の声を聴き、黒ティーのスタッフたちとなにやら深刻な話をしていた筋骨隆々の男が彼女の方へと振り向き、電話の元へと慌てて駆け寄ってくる。


「杏奈かしら?」


 優奈が小声で、隣でパステルパープルの衣装に身を包み、そのストレートロングの毛先をいじくっている山井やまい静香しずかへと問いかける。


「さあ……」


 当の問いかけられた静香は、ただ無表情にそう返すのみであった。


「あら、知らない番号だわ。何かしら……?」


 そう小首を傾げながらも、マネージャーはその逞しい右腕を携帯電話へと伸ばす。


「はい、もしもし。こちら黒杉くろすぎ芸能事務所、マネージャーのクレオパトラ近藤と申します」


 猫なで声を作り応答する近藤。その変な名前にある者は苦笑い、またある者は吹き出しそうになるのを堪え、プルプル震えていた。


「こちら退職代行サービス『ヨニゲール』でございます。そちらへ所属されている平石杏奈様ですが、本日付けでのご退職となりますのでご承知おき願います」


 するとスピーカー機能をオンにした電話越しから聞こえてきたのは、事務的に淡々と要件だけを告げる男の声。


「え、退職!? 杏奈が!? ちょっと、どういうこ……切れたわね……」


 衝撃の一言に近藤の猫なで声が一瞬で瓦解し、本来の野太い声が帰ってくる。しかし無情にも電話は一方的に切られてしまい、楽屋にはツーツーという電子音のみが響き渡った。


「え? 杏奈飛んだの? ジデマ? マジ、ウケるんだけど!」


 しばしの間静寂に包まれる楽屋内。静寂を破ったのは大爆笑しながらの絵里の声。


「あー……杏奈ずっとアイドルデビュー嫌がってもんね……」


 その理由に心当たりがあるようで、苦笑いを浮かべる未海。


「そりゃそうよね」


 フリフリのステージ衣装のどこに隠し持っていたのだろうか。静香はおもむろにタバコのケースを取り出し、その一本に火を点け堂々と吸い始めた。


「あ、静香。アタシにも一本ちょうだい」


「はい」


 静香からタバコを受け取り、優菜は床にあぐらをかいて吸い始める。


「コラ、そこ! アイドルはタバコなんか吸わないし、あぐらなんてかかないし、トイレにだって行かないのよ!」


「いや、アイドルだってトイレくらい行くっしょ? 昭和じゃあるまいし」


「昭和のアイドルだってトイレには行ってたと思うけどね……」


 近藤の一喝もどこ吹く風。いつの間にか絵里と未海も口から煙を吐いており、これからデビューライブのアイドルが控えるはずの楽屋は、いつの間にやら駅前の喫煙スペースと化していた。


「はー。やめだ、やめ! アイドルだなんてくっだらねぇ!」


 優菜はそのツインテールを支えていたフリフリのピンクリボン付きの髪留めを乱雑にほどき、狙いもつけずに後方へとほっぽり投げる。解き放たれたそのミディアムヘアには圧迫の跡が残っており、まるで寝起きかのようにボサボサに乱れていた。


「コラ、優菜! なんてことを言うの!? もっとアイドルとしての自覚を持ちなさい!」


 近藤の叱り声も空しく、優菜は右の小指で耳の穴をほじくって欠伸をしている。彼女たちのアイドルらしさはすでに、吸い殻とともに灰皿へと捨てられていた。


「んなこと言ったってよー」


「ねー」


「うん」


「ええ」


 すっかり男口調に変貌した優菜がボサボサの髪をかき上げながらぼやくと、残る三人も一斉に顔を見合わせ頷く。


「「「「アタシ(私)たち、そもそもアイドルじゃねー(ない)し……」」」」


 またも沈黙に包まれる楽屋。しばらくすると、堰を切ったかのように優菜の怒号が楽屋に響いた。


「大体なんだよ!? エロ社長の鶴の一声で社員をアイドルデビューさせるとか! 頭沸いてんじゃねーの!?」


「しかも拒否したら礼文島支店に異動だって……」


「拒否権無さ過ぎでウケだよねー」


「パワハラ・セクハラどころの騒ぎじゃないわ。コンプライアンスの敗北ね」


「だいたいアタシ、もう今年で40なんだけど。芸能経験すらないのにこの歳でアイドルデビューとか激ヤバじゃね? 黒歴史確定じゃん」


「絵里さんは美人さんだから大丈夫ですよ……。私なんてただの陰キャなのに、どうしてこんな目に……」


「未海、あのエロジジイが好きそうなルックスしてるもの。もし本社勤務だったら、一日三回は尻触られてるわよ」


「それは絶対嫌ですね・・・・・・。私、京都支店でよかったです」


「さすが元秘書。あのエロジジイの趣味なら何でもお見通しってか?」


「まったくもって嬉しくないわね……」


 あれやこれやと、諸悪の根源たる社長へ不平不満が爆発しだす一同。その光景はもう会社から解き放たれた社畜たちによる飲み会状態だ。


「そ、そんな大声で社長の悪口言わないの! 誰か他の社員に聞かれでもしたら……」


 もはや四人の暴走は制御不能の域へ突入し、近藤は他の社員の目がないかとオロオロしている。その声にはすでに先ほどまでの威勢は欠片もない。


「近藤っちだって被害者じゃん。せっかく関東エリアのエリア長まで登りつめたのに、こんな訳分からない大赤字確定アイドル部門のマネージャーになんかさせられてさー」


「しかも『おネエマネージャーのクレオパトラ近藤』とかいう訳分かんない設定にさせられてね」


「う……」


 絵里と静香に図星を突かれ、黙りこくってしまう近藤。


「もう辞めちまおうぜ。こんなくだらねぇこと」


「し、しかし……。もうお客さんに報道陣まで入っています。ここでバックレてもすぐに社長の耳に届き、我々は礼文島送りに……」


 クレオパトラ近藤、もとい近藤礼二はすっかりオネエ口調を忘れ、素の低い声で話していた。


「近藤さん。ちょうどいいものが……ありますよ?」


 そんな近藤へと未海がおずおずと指さしたものは……近藤の携帯の着信履歴であった。


 ***


 黒杉コーポレーション、社長室。


 高級感に溢れ、座り心地も抜群な黒のソファーチェアへとどっかり腰を落としているこの初老の男性こそ、時価50兆円を誇る超巨大企業、黒杉コーポレーション代表取締役社長、黒杉源三げんぞうであった。


 その向かいに位置する巨大スクリーンには、都内某所のライブ会場の様子が生中継されている。


「社長、いよいよですね。我が黒杉コーポレーションによるアイドルプロジェクト『GNZ5ゲンゾーファイブ』の記念すべきファーストライブ」


 源三の傍らに立つ秘書の女性が、ポーカーフェイスのまま彼へと声をかける。


「ああ、ついに優菜くん・未海くん・絵里くん・杏奈くん・静香くんのアイドル姿が……! いやー、赤字覚悟でアイドル事業を立ち上げてよかったわい」


 前のめりになり、鼻の下を伸ばしてスクリーンを凝視する源三。その左手の平では秘書の臀部をさすっている。


 プルルルル。


 すると突然、社長室の電話が鳴り響き始める。


「なんだ? こんなときに……。君、出てくれたまえ」


 無粋な着信音に顔をしかめる源三。デスク上の電話を取るために秘書が立ち位置を移動すると、源三の左手も彼女の臀部の動きに合わせて移動する。


「もしもし。こちら黒杉コーポレーションです」


 秘書は通話の際の癖で源三へと背を向けると、顔が見えないのをいいことにその眉間に皺を寄せる。


 すると受話器の向こう側から、淡々とした事務的な男の声が聴こえた。




「こちら退職代行サービス『ヨニゲール』でございます」

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