伊藤沃雪

 おさかな、ありませんか。




 

 魚、ですか?





 

 はい、お魚です。




 

 そうだねえ……急に言われてもなかなかねえ。




 

 そうでしたか。


 



 街で、市場とかスーパーとかに、ないのかねえ。


 

 そこには、お魚が無いんです。


 

 無い? そんな珍しいことがあるのかい。


 はい。


 ううん……でも今うちには、魚は無いなあ。悪いねえ。


 いえ、ご親切にどうもありがとうございました。







 

 変な女の人だったな。

 一体どうして、こんな山奥に魚なんて探しに来ているのかねえ。


 お父さん、ただいま!

 ああ、おかえり。ちゃんと勉強してきたかい?

 

 うん! 今日ね、テストでね、クラスで一番だったの!

 すごいじゃないか。りっぱだねえ。

 えへへ。恵里、えらいもん。


 






 お魚、ありませんか。


 

 また、あんたか。ううん……魚は今日も、無いかなあ。



 そうでしたか。



 力になれなくて、悪いねえ。



 いえ。



 ところで、あんたどうしてそんなに、血だらけなんだい。


 

 さっき、お魚を一匹、捌いてきたんです。それで。


 ああ、魚がいたんだね。一匹じゃあ足りないの?


 はい、足りないんです。


 ふうん。





 こんにちはあ。お父さん、ただいま。


 ん? こんな時間に帰ってきて、どうしたんだ、恵里。


 教科書の忘れ物しちゃったの。

 

 そそっかしいなあ。気をつけなさい。



 はは……いやいや、娘が失礼しました。

 あれ。そんなに嬉しそうにして、どうし……




 耳元まで口を裂かせて、女がわらっている。

 



 

 おさかな、みいつけた。

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伊藤沃雪 @yousetsu

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