初春に降る雨
入江 涼子
第1話
初春の三月、もう夜も遅い時間帯だった。
リビングからキッチンに向かう。棚やシンク台の下などを静かに開けて、インスタント麺のストックがないかを探す。半月前に買っておいた北海イチバンと言うちょっと高めのがあった。これの塩味が好きでよく買うのだが。
とりあえず、ハサミでインスタント麺のパッケージを切って開ける。さらに、中にある麺などが入った小袋も出した。小鍋に丼ぶりなども用意して。
ガス台に向かう。早速、作る準備をするのだった。
小鍋に水を入れ、小袋も開けようとする。そんな折に近くのテーブルにあるスマホが鳴った。衣夜里はすぐに電話だと気づく。仕方なく、小鍋や小袋を置き、テーブルに向かう。
スマホを取り、液晶画面を操作して電話に出た。
「はい、もしもし」
『あ、もしもし。衣夜里、夜遅いのにごめんね!』
「え、
衣夜里は思わぬ人物からの電話に驚きを隠せない。ちなみに、掛けてきた相手は中学生の頃から付き合いがある親友の矢野雨月だ。同い年で勤め先の同僚でもある。
衣夜里は不思議に思いながら、尋ねた。
「……もう、午後九時半は過ぎてるよ。珍しいね、今くらいの時間帯に掛けてくるの」
『うん、本当にごめん。あたしさ、今日の夕方に彼氏とラーンでやり取りしてたのよ』
「へえ、彼氏って言ったら。前沢さんだっけ?」
『そう、その前沢君ね。それでさ、彼からいきなり、「もう、雨月とは付き合えない」ってメッセージが来たの!』
「え、前沢さんったら。雨月をフッたの?!」
さらに、衣夜里は驚きを隠せずに大きな声を上げてしまった。つい、周りをキョロキョロと見回す。まあ、衣夜里は郊外にある借家に住んでいる。隣近所とは少し距離があるから、文句は言われない。それを思い出してため息をついた。
『……うん、衣夜里の言う通りだよ。前沢君に見事にあっさりバッサリ、フラれた』
「……そうなんだ」
『しかもさ、アイツね。若くない女とはこれ以上、やっていけないとか言ってきたの!ムカついてさ、「こっちもアンタなんか、願い下げだ!」って返事してやったけど』
衣夜里は黙って苦笑いした。昔から、雨月は明るく朗らかだ。その反面、なかなかにサバサバしていてはっきり言う性格で。ケンカにならないように気をつけていた。
が、衣夜里を彼女が気に入っているためか、あまりケンカに発展する事はない。また、雨月はさりげなく心無い事を言う相手から、守ったり庇ったりしてくれていた。
「ははっ、雨月らしいね。じゃあさ、明日はカフェにでも行かない?」
『いいね!思いっきり、スイーツを食べてさ。夕方にはヤケ酒する!』
「程々にね」
衣夜里はさりげなく注意をする。たまには雨月も羽目を外したくなるだろうしね。そう、思いながら、ガス台を見た。
『じゃあ、そろそろ切るね。付き合ってくれてありがとう!』
「うん、分かった。おやすみ、雨月」
『おやすみ!衣夜里!』
元気よく、雨月は言って電話を切った。衣夜里はちょっと、考えはしたが。ガス台に向かった。
インスタント麺を作るのは諦める。小鍋にあった水は捨てて、小袋も棚にしまい込んだ。衣夜里は仕方ないと思いながら、シャワーを浴びに行った。
しばらくして、普段着を着る。寝室に行き、眠りについた。意外とすぐに眠気はやって来る。そのまま、就寝していた。
翌朝、衣夜里は身支度をする。朝食は簡単に済ませたが。
よそ行きの春物のシャツにジーンズ、肩まで伸ばした髪は後ろに一束ねに纏めた。上にジャンパーを重ね、マフラーも巻く。スニーカーを履こうかと思うが。ちょっと考えて、年齢に合わせた靴を出した。グレーのスニーカー風のを履いた。
「あ、もう。午前九時は過ぎてる!急がなきゃ!」
一人で言いながら、玄関のドアを開ける。右肩にはプライベート用のトートバッグを掛けていた。衣夜里は外に出るとドアの鍵を施錠する。庭を突っ切り、歩き出す。カフェに急いだのだった。
――終わり――
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