好きだった彼女

えぐち

3/3


 毎年、この日は好きだった彼女を思い出す。強いて言えば特に今日は。


 3月3日、ひな祭り。


 これは女の子の健やかな成長を願うお祝い事の日である。


 そして、その彼女の誕生日でもある。



 その子は俺の好きな子であり、そして幼馴染だった。


 学校でも男女問わず人気者だったし、壁隔てなく接してくれるいい子で、男子がつい恋心を抱いちゃう気持ちも分からなくもない。


 だってその一人が俺だもの。


 彼女の名前は酒井桃さかいもも


 俺と彼女は年齢を重ねるたびに疎遠になった。

 というか、今思えば俺が疎遠になるように仕向けたのかも知れない。


 思春期の男の子はそりゃ恥ずかしがるもので。


 小学生の頃はよかったんだ。茶化されるくらいのことは「うるせー、そんなんじゃないわい」とか言ってたけれど。


 中学生に上がるとそれもなんだか思春期なりの恥ずかしさになり「だれがこいつとなんて」と最低な事を言ってしまった。


 そうして俺は恥ずかしさを理由に遠ざけていたのかもしれない。

 でもこういう事はよくあるだろうとも思う。好きなのに、自分の気持ちとは違うことをしてしまう、言ってしまうこと。


 好きだから故に。好きだからちょっかい出してしまうみたいな。子供みたいな理由だ。現に子供だったんだが……。


 高校生になってからはもっと疎遠になった。進学した学校が違うので余計に。


 ただ家は隣だからたまに会ったりするけど、会ったりするだけ。これ以上になにかがあったりはしない。


「あ、大和。おかえり」

「おう、ただいま」


 こんな会話をして、俺は家に入り、彼女はどこかに出かけて行く。

 いつからこうなったんだろう。そんなことを思ったのは数え切れないだろう。挨拶してくれるだけマシか。と自分を説得していた。


 こうして俺は年齢を重ねて後悔するとともに違う女の子と付き合ったりして、でも心の片隅で彼女が忘れられない気持ち悪い男になっていった。


 大人になって、あの時ああしとけば。こうしておけば。なんて後悔する人は五万といそうだ。まあそのうちの一人が俺って事なんだけど。


 なにが言いたいって? そりゃあれだ。


 後悔しないために今好きな人には素直になるべきという事だな。変に見栄を張ると俺みたいになるってことだ。


 中途半端な気持ちで付き合ったりするのは相手にも失礼だ。片隅に残っているのならば行動した方が自分もスッキリするだろう。



「なにボーっとしてるの? もしかして私に見惚れてた?」


「あ、まあそれもそうなんだけど。ちょっと昔のことを思い出してさ。こういう日ってどうしたって思い出さない? 昔のこと」


「昔のことって?」


「んー、簡単に言うと昔好きだった隣人の話」




 ——そう、今日は愛する人の誕生日。




「それ、私じゃん」



 今日、俺は結婚するのだ。

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好きだった彼女 えぐち @eguchi1

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