第2話 例えそれが筋肉ではなくとも
「其方はマツリというのか。……実に見事な釣りだった」
「まあ、慣れてるんで」
真釣は釣り上げた大鰻を陸地に引き上げながら淡々と答える。
実際、そこまで特別なことでもない。異世界だろうと釣りは釣りだ。
しかし、男性は何かを確信したように頷いた。
「一つ聞きたい……一体どの筋肉を鍛えたら、そんなに釣りが上達するのだ?」
は?
「いや、筋肉関係ないですけど?」
「馬鹿な。筋肉なくして釣りは成立しないだろ?」
「それはまあ魚も引っ張ってくるし、それに対抗する力は筋力なんでしょうけど……そこが重要なのかと問われるとあんまり関係ないと思います」
「そんな……! では、オレの25年は何だったのだ……?」
何かものすごく衝撃的な事実だったらしい。
「さあ? ところでコレどうするんです? 塩焼き? 蒲焼き?」
会ったばかりの他人の生き様など私に答えられるわけがない。そんな事よりむしろ、目の前の鰻を美味しくいただく方法が気になる。
その時だった。
「食うなー!!」
森へ続く道のほうからの怒声。そして何者かが全速力でこちらへ走ってくる!
「む、ヤツは……筋肉四天王のひとり、ハムストリングのキム!」
……。
どうしよう、ツッコミどころしかないのが来てしまったようだ。
「はぁっはぁっ、貴様この沢のヌシである、はぁっはぁっ、黄金色の鰻を……っはぁっ、食すとは何事アルかッ!?」
「少し、息、整えたら?」
登場から不憫すぎる。しかも語尾にアルとか、こんなベタベタなエセ中国人風がまだ存在してたんだ。
ていうか、これで本当に四天王なのだろうか?
「はぁっはぁっ……少しッ……待つといいアル……」
膝上に手をついて苦しそうに肩で呼吸しているキム。しばらく喋れそうもないので、何か素性を知ってそうなおじさんに視線を向ける。
「筋肉四天王に興味津々、といったところかな? ならば教えよう」
勝手に興味津々にしないでほしい。むしろ1ミリも興味ないわ。
いいから淡々と間を繋いでよ。
「麓の村は今代の筋肉王、ゾルデック様が生まれた地なのだよ。筋肉四天王とは彼の筋肉にあこがれて非公式に組織された、ファンクラブみたいなものだ。キムは四天王のナンバー2、そしてこのオレがナンバー3だ」
筋肉王ゾルデック。なんて暑苦しい二つ名だ。
「ファンクラブが四天王ってことは、メンバーは4人しか集まらなかった?」
「フッ、読みが甘いな。3人だ」
もっと少なかったー!?
「ふぅ。それにしてもサンヴァンテよ、この沢で自由に釣らせるどころか、幻の鰻まで黙って釣らせてしまうとはどういう了見アルか?」
おじさんの名前はサンヴァンテというらしい。そういえば名前聞いてなかった。
「我々は筋肉王より直々にこの沢の管理を任されたことを忘れたアルか、この四天王最弱が!」
「ぬうぅ黙れ! 我が名はサンヴァンテ!そして四天王が3人である以上、最弱たる4人目は空席。すなわちオレは最弱ではないのだ!!」
んな無茶苦茶な論法あってたまるか!
……などと一向に進展しない話をしているうち、黄金色の鰻はうねうねと陸を移動し、人知れず沢へと帰っていったのだった。
つられてアナザーワールド くさなぎきりん @kusanagikirin
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