焼きそばパンを買ってきて!
舞波風季 まいなみふうき
第1話 明月ルキナ
(アイドルの
その日、俺は気まぐれで神社でお参りをした。
そして、一礼をして神社を後にしようとした時、
「その願い、叶えてあげましょう」
という女性の声がした。
「え?」
顔を上げると目の前に女性の顔があった。
「うひゃあーーっ!」
俺は思わず変な声を出して後ずさった。
その女性は社から湧き出したように賽銭箱の上に半身を乗り出している。
恐ろしくなった俺は、身を翻して逃げようとしたが、今度はその女性が鳥居のところに立っていた。
「お化け……」
俺は腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
「まあ、失礼ね、お化けだなんて!」
その女性は両手を腰に当てて言った。
長い黒髪に色白小顔、細身の体に白と桜色の長い着物を着ている。
「あなたの願い、叶えてあげるって言ってるのに」
「俺の願い……」
「明月ルキナちゃんとデートができますように、って願ったでしょ?」
(もしかしたら無意識に声に……)
俺は一気に顔が熱くなってきた。
「声には出てなかったわよ」
(心の声が聞かれてる!)
「当然でしょ、私は神様なんだから」
「神様……?」
「そうよ。だから、あなたの願い叶えてあげるわ」
にわかに信じられる話ではないが……。
「でもね、そのためには一つ条件があるの」
「条件?」
「ええ、願いを叶える代わりに、あなたが恋愛できる可能性がほぼゼロになってしまうの」
「ゼロに?」
「そうよ」
(どうする……)
そもそも、陰キャの俺が恋愛できるとは思ってないし、このまま一生恋愛できずに人生が終わるのだと既に諦めている。
だが願いを叶えてもらえば、ほんの少しの間だけでも、恋愛の経験ができるのだ。
(だったら!)
「お願いします」
俺はその場で正座をして神様に頭を下げた。
「わかったわ、あなたの願いを叶えましょう」
そう言うと、女神は微笑んで霞のように消えてしまった。
「夢……?」
周囲を見回しながら俺は呟いた。
そんなことがあったからなのか妙に腹が減ってきたので、俺は馴染みのパン屋へ向かった。
目当てはそのパン屋の焼きそばパンだ。
パン屋が見える所まで来ると、店の前でキャップにスタジャン、ジーンズ姿の女子が店の中を覗き込んでいた。
(少し距離をとろう……)
陰キャの俺は女子からは距離を取る習慣が染み付いてしまっている。
俺がパン屋の入り口の戸に手をかけると、
「ねえ、ちょっと」
と、スタジャンの女子が声をかけてきた。
「え……?」
俺は恐る恐る振り返った。
彼女はキャップを
「な、なんでしょう、か……?」
「ここって、焼きそばパンが評判のお店?」
「は、はい、多分……」
「じゃ、買ってきてもらえる、焼きそばパン?」
「は……?」
「勿論、お金は払うから」
ということで、俺は焼きそばパンを二つ、俺と彼女の分を買ってきた。
「ありがと」
スタジャン女子はそう言って焼きそばパンを受け取ると、
「近くに公園とかある?」
と聞いてきた。
「えっと、はい、この先に」
「じゃ、行こう」
と、スタジャン女子は俺が指差した方にさっさと歩き出した。
そして、しばらく歩いたところにあるポケットパークのベンチで、俺たちは焼きそばパンを食べた。
「うん、美味しい!」
と言うスタジャン女子の声に俺は思わず彼女を見た。
勿論、彼女は焼きそばパンを食べるためにマスクを外している。
目深に被っていたキャップも上げているので目も見える。
(えっ……!?)
俺は思わず声に出してしまいそうになった。
(ま、まさか……な)
俺の頭に神様の言葉が
『――――明月ルキナとデートができるようにしてあげるわ』
ジロジロ見てはいけないとは思いつつ、やはり何度も見てしまう。
そんな俺の視線を感じたのだろう、彼女がこちらを見て言った。
「ん、何?」
「い、いえ、なんでも……」
俺は慌てて彼女から視線を外した。
(やっぱり……!)
そう、俺の隣で焼きそばパンを食べているのは、憧れのアイドル明月ルキナその人だったのだ。
(どうしよう!)
俺は完全にパニックになって、焼きそばパンの味も全く分からなくなってしまった。
(そうだ、これはデートなんだ、駄目で元々……!)
俺は意を決して話しかけた、
「あ、あの……」
「なに?」
彼女は焼きそばパンを食べながら、横目で俺を見て言った。
「あ、あなたは……あ、明月ルキナさん、ですか……?」
「あ、やっぱ、分かるんだ」
と、案外素っ気ない反応が返ってきた。
「は、はい……」
(やっぱ、そうだった!本物だぁああーー!)
嬉しいやら怖いやらで舞い上がった俺の頭の中は、湧き上がる様々な思考が渦巻いている。
「でも、今日、私と会ったことは内緒にしててくれると嬉しいな」
と、軽く微笑みながら明月ルキナは言った。
「は、はい、勿論です!」
「ふふ、ありがと」
と、彼女は笑顔で答えて、焼きそばパンの最後の一口を口に入れて立ち上がると、
「またね」
と言って、手を振りながら去っていった。
俺もなんとか引きつった笑顔を作って手を振り、遠ざかっていく明月ルキナを見送った。
「またね、か……」
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