運命の日が来ませんように

秋永真琴

運命の日が来ませんように

「あかりをつけたらきえちゃった~」

沙織さおりさん?」


 すすきのの外れの路上で朗々と歌い始めた私を、森島もりしま章子あきこが眼鏡の奥から怪訝そうな目で見てきた。


「おはなをあげたらかれちゃった~、ごにんばやしもくびちょんぱ~」


 おとといからプラスの気温が続いて、道に積もる雪はジェラートみたいに溶けかけている。なるべく靴を濡らさないように歩いて、私と章子はバーに向かっていた。


「きょうはかなしいドゥームズデイ~」


 歌い終えた。私は夜空を見上げた。月が輝いている。


「何ですか、その歌は。もしかしておひとりでゼロ次会をキメてこられましたか」

「素面だよ。もちろん『たのしいひなまつり』」

「『かなしいドゥームズデイ』ですよね」


 年下の友だちの反応は冷ややかだ。まあ、こんな限界作家志望OLの新井あらいさんを年上だからって敬うほうが危険ではある。


「アコちゃんの小学校ではどんな替え歌だった?」

「よかった……替え歌という認識はお持ちでした……」


 安堵の息を吐く大学生を、今度は私が虚ろな目で見やった。やっぱり年上の人間をもう少し信じてくれませんかね。


「そういう替え歌は知らないのですが――どこでも歌われているのですか」

「全国でちょっとずつ違うみたいだよ」

「おそらくそのバージョンは沙織さんだけだと思います」

「かもしれない」

「小さいころから創作の才能を発揮なさっていたのですね」


 バカにしくさって、この、と思って睨んだけど、章子の表情は真剣だった。

 バーに着いた。客の数はまだ少なかった。広いテーブルに案内される。

 メニューを見る私と章子の視線が、同じ一点で止まった。


「これにしようかな」

「はい、わたしも」


 最初の一杯はビールじゃなく、三月限定メニューの「桜の夜」にした。

 カクテルグラスに満たされた、桜リキュールがベースのかわいい桃色の甘いカクテルが運ばれてくる。今日にふさわしいお酒だ。


「――ちょっとよろしいですか」

「もちろん」


 章子がスマホを取り出して、レンズを「桜の夜」に向けた。

 この子の写真こそ、唯一無二の才能がある。私たちの見ている世界が違いすぎてしまって、いっしょに歩けなくなる運命の日ドゥームズデイが来ませんように――そっと願いながら、私は撮影する章子を見守る。 

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運命の日が来ませんように 秋永真琴 @makoto_akinaga

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