わたしのアイドル

稲葉 すず

第1話 私は、私

 控室の小さい窓から見える空は、チープな水色だった。

 小学校の図工の授業で、皆お揃いで買った、絵の具。その水色をパレットに絞り出しただけのような色。水に溶かしてもいないから、グラデーションもなければ、色の濃淡もない。ただただ絞り出しただけの、水色。

 ぼんやりと控室にあるパイプ椅子に座って、その水色を見ていた。誰かが呼びに来るまでは、私は私でいられる。私はいろはちゃんじゃない。でもそんなこと、どうでもいい話だと流される。


「今日は、アイドルグループの――」


 アシスタントさんに呼ばれたから私は私になって、精一杯の笑顔を振りまく。白い照明は白すぎて何も見えないし、私が着ている服は原色フリフリで似合っているのかももう分からない。マネージャーの島さんは似合ってるって言ってたけど、島さんだからな。

 島さんはいろはちゃんのマネージャーだった。夏の異動で高橋さんがいろはちゃんのマネージャーになっちゃったから、私に押し出されてきた人。この衣装が似合うのは、多分きっと、私じゃなくていろはちゃんだ。発注したの、島さんだからね。

 いろはちゃんは私を好いてくれているので、島さんは私のマネージャーをちゃんとやって然るべきなのだ。そもそもいろはちゃんはいつか私とユニットを組みたいから、と、島さんを推薦してくれたのに。

 その辺りの事を、島さんは知っているはずなのに。

 グループ全体のチーフマネージャーである佐々木さんが怒っているのを、島さんは知っているんだろうか。


「胸元のリボンは、同じグループの端山(はたやま)いろはちゃんのメンバーカラーですよね?」


 こういうところなんだよね、島さん。


「はいっ! いつか、いろはちゃんと一緒に、ユニット組みたいなって思ってて! この色にしましたっ!」


 グループは大きくて。今でも研修生をガンガン取って、大きくなっている。グループの中には二人組が四つ、三人組が七つ、四人組が五つ。五人組や、六人組もある。

 皆ばらばらのメンバーカラーっていうのが設定されていて、目立つリボンなんかは自分の色だ。もしくは、ユニット内でメンバーの色を一人ずつずらしたりとかはする。

 私みたいにソロなのに、他人の色を使うってことはない。もちろん服の全体の色とか小物とかは使うよ、そうしないと色がなくなるし。けれど目立つところに違うユニットメンバーの色は使わない。一応そこは指摘したのだけれど、島さんには「いろはちゃんの色嫌いなの? は?」って言われた。

 だから、質問されて答えるの、私なんだけど。お前じゃないの。

「マネージャーがいろはちゃん推しで、すぐいろはちゃん色で発注するんですよー」

 なんて言えないんだぞ。

 事務所には言った。佐々木さんは頭抱えてた。

 いろはちゃんにも言った。めちゃくちゃ怒った笑顔で謝ってくれた。

 島さんは、私といろはちゃんが仲いいこと、知らないのだろうか。そんなバカな。


 マネージャーさんは仕事を取ってきてくれて、相談相手になってくれる人。島さんは私の相談には乗らないし糞みたいな仕事しか取ってきてくれないけれど、まあそれでもお給料分は働いてるだろうと思うから、私は自分でオーディションを探して受けている。

 今日の音楽番組だって私が見つけてデモテープ送ったし、作詞作曲の依頼だって私がした。島さんが依頼するのは全部いろはちゃんの曲で、いろはちゃんのマネージャーさんも事務所も島さんにそんな許可出してないからいつも揉めてる。

 いろはちゃんのための曲を、私が歌ったり踊ったりは出来ないから。いや別にしてもいいんだけど。歌えるし。踊れるし。歌って踊って動画に撮ってアップしたりした。


「端山いろはちゃんて」


 私の衣装に一番大きく着いてるリボンの色がいろはちゃんカラーのために、今日の話題もいろはちゃんだ。これで島さんが満足してるの、本当によく分からない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る