小鳥遊君の逆アイドル専属契約

――あくまでLIKE、単にLIKE、言い訳だらけ、I LIKE YOU♪


 カラオケボックスだ。歌を歌うのは当たり前。ただ。このシチュエーションは無理がある。


 トップアイドル・渡小鳥に、そのママさん。悪友・三見頭みみず。それぞれ振るサイリウムは鮮やかで。


「……それにしても、LLLのライバル、COLORSを歌うとは良い度胸だ」

「歌って良いって言ったじゃん?」


 圧倒的に理不尽。


 一方の渡さんは、サイリウムからウチワに持ち替え、鼻息荒く掲げた。いわゆる応援ウチワである。僕の写真がプリントされているだけでも恥ずいのに『他の子、見ないで!』『私だけ見てくれないとヤダヤダヤダ』とか――うん、深く考えるのは止めよう。


「……しっかし、音痴だよな。よく渡さんの前で歌えるよな」

「うるさいよ」


 言われなくても、そんなこと分かって――。


「そんなことはないぞ。小鳥遊君は音程は取れているが、歌詞を目で追いかけすぎる傾向にある。しっかりボイストレーニングをしたら化けるかもね」

「へ……?」


 僕は目をパチクリさせる。このタイミングで『ドームツアーに私を連れて行って』とウチワを出すの、本当に止めて!


「それ、誰得?!」

「私が、ドームでかっ君を独占するだけだけど?」

「圧倒的に無駄遣いすぎる!」

「だいたい、なんで小鳥遊だんだよ! 渡さん、こいつのドコが――」

『ぜんぶ』


 新たなウチワを出された。一体、いくつ持っているの?


「それは僕も思っていたんだよね。なんで――」


 言い換えた言葉を塞ぐように、渡さんが僕の口を塞ぐ。


「んっ?」

「ちゅっ」


 塞がれた。

 その唇で。


 見れば、ママさんは頭を抱え、三見頭は放心したように、僕らを見つめる。


「かっ君、私に興味なかったでしょう?」

「そ、そんなことは――」

「それが嬉しかったの」

「……へ?」


 意味が分からない。


「みんなは私をLLLの渡小鳥として見るじゃない?」

「それは……でも、それは僕も――」


「ウソつき」

「へ?」


「かっ君は、全然、私のことを見ていなかったよ。視界の隅に入ったら良いぐらい。だから小鳥遊君って、どういう人……? って興味をもつのも当然じゃない?」

「と、当然なの?」

『当然!』


 いや、だから、ウチワで答えないで。


「推しって、こういうことなのかなぁって思ったの。気になって、いつのまか目に飛び込んできて。応援したくて、推しの出番があるだけで、めちゃくちゃ嬉しくなって。本当は、推す人と推される人の関係が、お互いにとって最善だって分かっているのに……欲が出たらキリがなくて。どんなことでもしてあげたい……そう思ったら、止らなくて――」


 カシャッ。

 カメラのシャッター音が響く。

 見れば三見頭が、僕達にスマートフォンを向けていた。


「……三見頭?」

「ふざけ……ふざけ……ふざけるな、ふざけるんなっ! 認めるかよ! こんなの認められるかっ!」


 血走った三見頭を見やりながらも、気持ちは分かる気がする。ずっと推していたアイドルの見たくない素顔を見せつけられたら――。


「……別に、認めてもらう必要はないけど?」


 渡さんは淡白に言う。そんな突き放すように言ったら、ますます三見頭は――。


「良いのかよ、小鳥? お前らがカラオケボックスで密会していること、ネットに拡散しても!」


 そう唾を撒き散らしながら、三見頭は画面をフリックして、タップする。電子音が無機質に響いた。


「拡散した、拡散したぞ! 拡散してやった! ひゃはははははっ」


 三見頭の勝利を確信した哄笑が、カラオケボックスのなかに、いつまでも響いたのだった。





■■■






 かくしてネットに拡散され。シェアされ、週間文秋の直撃を受け――いわゆる、文秋砲の直撃を受け。そして、僕達の関係はあっさり終わりを告げたのだった。





■■■






「なんでだよ?!」


 ファーストフード店に、三見頭の声が響く。いや、僕も思うよ。でも、もう突っ込むのも疲れたの。だって、どんなに反論しても無意味だし。


「もぐもごもぐ(三見頭氏、黙れ。私達は忙しい)」


 モグモグしながら、は三見頭に塩対応。そして、そんなことは些事と言わんばかりに、催促をする。


 現在、我らはポッキーゲームならぬ、ハンバーガーゲームの真っ最中。なお、発案者は小鳥なのは言うまでもない。


 文秋砲の直撃を受けたが、世間の反応は意外に好感触だった。


 ――あの小鳥さんに彼氏が?!

 ――祝福するぜ! まさかあの宇宙人と付き合える聖人がいたなんて!

 ――ガチで、小鳥が幸せそう。あれは推せる。



「推せねぇよ!」


 三見頭、魂の叫びも小鳥は華麗にスルー。


「今日はこの後新婚さんウェルカムに出演ね。夜はLLLメンバーと小鳥遊君でラジオ主演。」


 ママさん、この状況で淡々とスケジュールを説明するのエグいって。




「お、俺は認めねぇからなっっっ!」


 〝LLL〟に損害を与えたとして(実質ダメージゼロ)三年間、無給無休ADアシスタント・ディレクターを任命された悪友の雄叫びは、今やBGMでしかない。




 あの渡小鳥をとろけさせた彼氏として――。

 僕の逆アイドル専属契約は継続中だった。






【おしまい】





 

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逆アイドル専属契約を結びました。タカナシ君は私だけの専属アイドル❤ いちばんっ、いちばんっ、だ~い好きっ💕  尾岡れき@猫部 @okazakireo

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