逆アイドル専属契約を結びました。タカナシ君は私だけの専属アイドル❤ いちばんっ、いちばんっ、だ~い好きっ💕 

尾岡れき@猫部

小鳥遊君は逆アイドル専属契約を結びました。



 渡小鳥わたりことり、16歳。


 アイドルグループ、loungeラウンジLaunchランチlover'sラバーズ。通称〝LLL〟のメンバーだ。パッと見は、清楚な黒髪の綺麗系。ただ、いざダンスになると黒髪を振り回し、キレキレのダンス。歌唱もメンバー1番。ただトークになると、途端に天然発言の連発。バラエティ・クラッシャーとして、芸人さん達にも畏怖――かわいがれている、スーパーアイドル。

 そんな子が、うちの高校に入るだけで驚きだ。でも、それ以上に――。


「うちの小鳥とを結んで欲しい」


 マネージャーさんの一言に、僕は面食らう。隣で、渡さんはニコニコ笑顔を絶やさない。


「まぁ、意味が分からないと思うが、一から説明しよう」

「はぁ……」


 うん、意味分からないよ。ファミリーレストランは貸し切り。周りはエキストラというこの状況。君のプライバシー保護はバッチリだ、とマネージャーさんはサムズアップするが、顔に『?』を浮かべるしかない僕は悪くないと思う。


「まず、小鳥遊たかなし君。君は然程、小鳥に興味はないだろ?」

「人並みにはありますが?」


 クラスに芸能人がいるんだ。視線ぐらい向ける。


「それだ、そのスタンスがむしろ良い。単刀直入に言うと、小鳥は君に一目惚れをした」

「ふぁぁっ?!」

「ぽっ//」


 わたりさんが頬を朱色に染める。え? ネタじゃないの? 演技でしょ? これ、ガチ?


「私も母親だ。本来なら、小鳥の恋を応援したいところだが、今をときめく〝LLL〟のメンバーでセンターだ。そう簡単に許容できない」


 マネージャーさんはママだった。まぁ、良い。それは兎も角――。


「はぁ……」


 いや、アイドルなんだから、恋愛禁止。以上、終了。これで良くない?


「テレビで観る小鳥は破天荒に見えると思う。だが、実際は――」


 そんなことはなく、繊細だと?


「さらに輪にかけて、破天荒だ」

「……へ?」


「正直、明日にはアイドルを辞めると言い出さないか心配だ」

「もぅ、ママ。明日なんか、待てないよ。今すぐ」

「はひ?」


 思考が追いつかず、固まった僕は悪くないと思う。


「そういうワケだ。今はまだ落ち着いているから良いが、ストーカーにもなりかねない。アイドルグループ・センターが、一般人をストーカー。週刊文秋もビックリの文秋砲直撃のネタすぎる」

「いや、誰だってストーカーはダメでしょ?!」


 渾身のツッコミにも、何の反応も見せないエキストラの皆さん。本当に良い仕事してるよ。


「そこで、だ。苦肉の策が、逆専属アイドル契約なのだ。なに、そんなに難しいことじゃない。我が社のアイドルとして専属契約を行い、小鳥はファンとして登録する。アイドルとファンの関係性、これは絶対に崩させない。小鳥には、今はこれで満足してもらおうと思っている」


 名案だろ? とドヤ顔するの止めて欲しい。


「……ちなみに、何をするんですか?」

「良い質問だ。君には、あくまで小鳥のアイドルとして接してもらう。そうだな、例えば握手会やサイン会、小鳥のためにライブをしてもらう」


「いや、僕は音痴で……」

「音痴なアイドルだっている。問題は上手い下手じゃない。小鳥遊懸巣たかなしかけすブランド、これこそが重要だ」

「うん、重要」


 嬉しそうに渡さんが、微笑む。いや、本気? マジでマジ?


「マジ」

「喜んでいるところ悪いが、小鳥。節度ある対応を求むぞ? 弊社の専属アイドルだ。小鳥遊君の前では、小鳥は一ファンでしかない」


「握手は、良いでしょ?」

「握手会なら、な」


「ハグは?」

「却下」


「むー。チューは?」

「不同意わいせつ罪で、即逮捕」


「膝枕~!」

「本人同意のイベントならあり得るが、可能性は低い」


「枕営業っ!」

「それは可」

「不許可だよっ!」


 ダメでしょ、そんなの!


「……というわワケだ。小鳥は歯止めがきかない。ある程度、契約で縛り健全な関係を保ち、ゆくゆくは私のことをママと呼んでくれたら良い」

「呼ぶわけないでしょ――?」


 僕の荒ぶる声は、高速で打たれた電卓の数字の前に、フェードアウトしていく。


「え? 本当? これ、月額?」

イヤ。一回につきだ」


「マジ?」

「本気と書いてマジ。マジでマジでマジ」


「う……」


「さぁ、小鳥遊君は私のことをなんて呼ぶのかな?」


「う……僕は屈しな……屈し……く……っ、ころ……」

「ん?」


「……ママっ」


 金に目をくらんだ僕を笑うが良い。だが、金欠の高校生に、この金額。誘惑されない方がウソだった。あぁ、こうやっていたいな高校生は、闇バイトに染まっていくのだ。












「お前に、ママと言われる筋合いはないっ!」

「あんたが呼べって言ったんだろうがっ!!」





 求婚時に立ち下がる、父親かっ! 思わず、突っ込みたくなるのを何とか抑えて。これ以上どう反応しても弄ばれる未来しか見えない。

 と、そんな僕らを前にしても、渡はニコニコ笑顔を崩さない。




「契約成立だね❤ 懸巣君だから〝かっ君〟って呼ぶね」


 無敵のアイドルスマイルを前にして、すっかり退路を塞がれた僕だった。





【つづく】





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