3月3日のひなもも

藤原くう

3月3日のひなもも

 ベッドでまどろんでたら窓がガラッと開いた。


 見れば、あたたかな日差しをさえぎるように誰かが立ってた。そいつはこっちへやってくるなり毛布を引っぺがそうとする。そうはさせるかとぎゅっと抱きつけば、


「もう10時だよ。起きて起きて」


 聞き覚えのある声がする。でもたぶん、聞き間違いだ。私の友達は2階にある私の部屋に窓から入ってきたりしないはず。というか、そう信じてるんだけど。


 とにかく、夢に違いない。


「おやすみ」


 目を閉じたら、ますます強く引っぱられる。気分はフィッシングだ。釣られる側というのは釈然しゃくぜんとしないけれども夢だからそういうこともあるかと納得しておく。


 でも、悲しいかな、私は魚類ではない。そうじゃなくとも非力で、あーれーと私は毛布ごとベッドから引きずり起こされる。


 私を毛布もろとも受けとめたのは、さっきの人影。顔が近くてドキリとする。


 ん……?


 よくよく見れば、ひなじゃん。私の幼稚園からの幼なじみであり、私んちの隣に住んでおり、私と同じように2階が自室の女の子。


「なんでひながここに」


 私の問いかけにひなは答えてくれない。春の日差しのような柔和な笑みをただただ浮かべてる。こういうときのひなはたいてい怒ってる。


 でも、心当たりがない。


「ホントにないの?」


「んー。バレンタインデーのチョコがまずかったとか?」


 この前はじめてチョコレートのお菓子を作ってみたんだけど、家族からはブーイングのあらしだった。苦すぎるって言われた。私にとってはあれくらいがちょうどいいのになあ。


 ちなみに目の前で食べてくれたひなは、顔をしかめながらも笑っていた。


「あ、あれはあれで味があったというかなんというか」


「わかった。ベッドの下に隠してる漫画を勝手に読んでることにようやく気がついたんだ」


「それはじめて聞いたんだけどっ!?」


 ひなが声を荒げる。目をくわって開いて、信じられないという顔をしてる。でも、すぐに首元から赤く染まっていく。タコがであがっていくみたいに。


 口は波打ち、目はグルグル回ってる。大丈夫かな。大丈夫じゃないな。


「ほ、ほほほっホントに?」


「うん。女の子がくんずほぐれつしてるやつでしょ」


 ひなの力がすーっと抜けて行って、向こうに倒れていきそうになったところを、私はすんでのところでつかまえる。


 殺して……。なんてひなの口からガスみたいにれてくるけれど、そんなことできるわけないでしょ。


軽蔑けいべつしたよね」


「いや別に。好みは人それぞれだし」


 今は多様性の時代である。女の子は女の子を好きになっていいんじゃないか、なんて私は思うのですよ。


 みたいな当たりさわりのなさそうなことを言ったら、ひなが目をかがやかせてる。なんでだろうと考えてみる。とんと心当たりがない。心当たりがないつながりで、ひなが言ってたことを思いだす。


「それで、何の用なの?」


「ももちゃん、今日3月3日だよ」


「うん。昨日が2日だったからそうなるね」


「ホントにわからないの……」


 算数ができない高校生を見るような目つきで、ひなが私のことを見てくる。


 とはいえ、ホントにわからないんだけどな。ちょっと考えてみる。


「ヒントちょうだい」


「ヒントも何も、ももちゃんに関係してることだよ」


 あきれ顔のひなが言ってくるけれども、マジでなんもわかんない。


 耳の日……じゃないよな。


「あ、わかった」


 私は見えないボタンをひっぱたく。気分はアメリカを横断しようとしてるクイズプレーヤー。


「ももちゃん、どうぞ」


「ひなまつりでしょ」


 会心の回答だ。両腕を天を突きだす準備をしてしまうくらいには自信があった。


 でも、ひなの反応でそうじゃないって理解する。


 あんぐりと口を開けてたんだもん。その口からは、とまどいとか愕然がくぜんとかそういったものが吐息とともに出ていってる。


「え、えと。このお家では誕生日とかってお祝いになられないのでますか……?」


 すっごい変な口調でひなが聞いてくる。


 ていうか、唐突だな。誕生日? 誰の誕生日なんだろ――すぐに気がついた。なんで忘れてたんだろうってぐらいすんなり。


 私は私を指さす。私の背後にいる幽霊とか、矢に刺されたせいで発現はつげんした特殊能力を示しているわけじゃないよ。


「今日って私の誕生日じゃん」


「なんで覚えてないの……? 自分の誕生日だよ?」


 おーよしよしと頭をでてくるひな。おい、かわいそうな子扱いしないでくれないか。というか身長的にいえば、お姉ちゃんっぽいのは私の方なのは確定的に明らかなんだけど?


 でも、気持ちよくないわけでも嬉しくないわけでもないのでなすがままになる。


「寝ていい?」


「寝言は寝て言ってほしいな」


「ぐう」


 抱えてる毛布をわしゃわしゃ抗議こうぎがやってくる。うーんわずらわしくて、ぜんぜん眠れない。


 その気になれば立ったままでも眠りにつけるのにな。お見せできないのがひじょーに残念だ。


 しょうがないので毛布を離して、距離を取る。


 そうしたら、逆光になっていて見えなかったひなのすがたがよく見える。いつも通りの格好かっこうで、いつも通りの小ささ。うん、安心する。


「バカにしてないかな」


「してないしてない」


「いいけどさ。自分の誕生日くらいは覚えといたほうがいいよ?」


「頭の中は英単語でいっぱいいっぱいだからさ」


 あとは、微積びせきのやり方とか偉人とかエネルギー保存則とかね。まあ、テスト対策のやつなんですけれども。


 ひながため息をついた。あれ、見惚みとれて抱きついてくることを想定してたのに。これじゃ、ただ単に自慢したばかやろーじゃないか。


「一応理由はあるんだよ」


「聞きましょう」


「今日ひなまつりでしょ? それと一緒にませられるからさ、つい忘れちゃうんだよねえ」


 私はこれをクリスマスの法則とよんでいる。クリスマスが誕生日のやつは、クリスマスと一緒くたにされるってやつだ。ハロウィンに生まれたやつとかも。


 そう考えると、私たちってばかなり損してないだろうか。イベントを一つつぶされてるわけだから。


「これは由々ゆゆしき問題だ……」


 なんて腕を組んで深刻そうな顔をしてみる。


 チラッ。


 ひなはこれ以上ないくらい大きなあくびをしてた。おい、話を聞いてよ。


うらめしいのかなんなのかわからないけど、それならむしろ忘れないんじゃない?」


「なるほど確かに一理ある」


「納得するんだ」


「それよりひなは、私に誕生日だって教えにきてくれたの?」


 旗色はたいろが悪くなってきたので話を変えることにした。そしたら、ひながびくっと肩をふるわせる。


 なんでそんなにびっくりしてるんだろ。


「そ、そうだとしたら悪いかな……」


 上目づかいで私のことを見上げてくるひな。怯えるミーアキャットみたいですごくかわいい。いつまでも眺めていたい。けど、かわいそうか。


「悪くないよ。私のこと、私以上に知ってるってことだし」


 たぶん、私が課題を忘れていたとしても教えてくれるに違いない。先生に怒られないですむから、こっちとしては万々歳だ。


 ひなはぱあっとヒマワリが咲いたみたいに笑顔になる。それを見るだけで、こっちまで温かくなっちゃう。


「そっか」


「そうなのですよ」


 ひなは私の毛布を抱きしめて、もじもじしてる。小さな子供がぬいぐるみを抱きしめてるみたい。


 あるいは、何かを言おうとしてるのかな。


「もしかして誕生日を祝ってくれるとか」


「そそそそうだけどなんでわかったの」


「天才だからね」


 ハスキーボイスで言ったのに、返事はなかった。……ここツッコみポイントだったのにな。


 ひなはそわそわキョロキョロして、挙動不審きょどうふしん体現たいげんしてる。私のボケなんて目に入ってないに違いない。


 うーんと。これは重症ですね。


「ひな」


「ぴゃいっ」


「ちょいちょい」


 手招きしたら、ひなが首を傾げる。「こっちにおいでよ」と言えば、おっかなびっくりやってくる。


 とって食ったりはしないから安心して。


 近づいてきた小さな体をぎゅーっと抱きしめる。


 そしたら、いきなり暴れだした。ひなの頭がちょうど私の胸のあたりに位置してるから、おっぱいがブルンブルンと揺れに揺れまくる。えと、痛かったのかな


 腕の力をゆるめると、ひなは暴れるのをやめる。でも、少しすると向こうの方から抱きついてきた。


 小さなからだはその中に陽だまりのような熱をギュッと詰めこんでいて、その熱量に圧倒される。でも、嫌いじゃないから、わしわし頭を撫でる。

 さっきも思ったんだけど、やっぱりひなはこっちのほうが似合う。


 しばらく撫でてれば、充足感が胸いっぱいに広がる。ネコ吸いならぬひな吸いってね。……自分で言っててアレだけど気持ち悪いな。


「落ち着いた?」


「うん……」


「じゃあ聞きましょう。ゆーは何しに私の部屋へ?」


「外に行かないかなーって」


「それはつまり」


「きょ、今日ひなまつりでしょ? いろいろなところを見てまわってね、それで最後に誕生日を祝おうかなって考えてたのっ」


 えいやっと清水の舞台から飛びおりるみたいにひなが言う。それから、私の胸に頭をうずめる。顔を見れないとばかりに。苦しくないのそれ。


 でも、そっか。私の誕生日を祝うために来てくれたんだ。


 それは非常に嬉しい。さっきも言ったけれど、おとうさんもおかあさんも、ひなまつりの準備でかかりきりだったし、たぶん昼ご飯はちらし寿司と誕生日ケーキだもん。


 どっちかにしてよって話だ。


「ありがと」


「じゃあ外に――」


「でもそれとこれとは話はべつね」


 私はひなを抱きあげ、ベッドへ倒れこむ。キャッという小さな悲鳴がして、どこかケガさせてないかと不安になる。一応、私の背中から倒れたつもりなんだけど……。


「む、むねが」


「気にしない気にしない。それより今日はこうしてだらーっとしよ?」


 ひなが胸から顔を上げて、ごろりと姿勢を変える。ひなの紅梅こうばいみたいに真っ赤な顔がよく見えた。あ、あっち向いちゃった。


「何をしようかいっぱい考えたのに……」


「それはありがたいんだけどね。私思うのですよ、こうしてひなまつりなのにボケーッとしてるのが、一番の反抗はんこうになるんじゃないかって」


 ひな祭りなのに、ひな祭りらしく振舞ふるまわない。


 今日は私の誕生日なんだから、私の好きな通りにやらせて。


「私は寝るけど、ひなはどうする?」


 チラッとひなのちいさな目がこっちを見る。


「……一緒に寝ていい?」


「どこでもどーぞ」


 私はひなの背中に回した腕を下ろす。でも、ひなは一歩も動かない。私の上から動こうとしない。枕って言ったけどさ、そこに居座られると……ま、いいか。


 再びひなを抱きしめて、私は目を閉じる。


 世界で一番、贅沢ぜいたくな二度寝へと落ちていく。

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3月3日のひなもも 藤原くう @erevestakiba

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