あと少し
朱雪
第1話
僕にとっての生きるということはこの言葉と共にあった。
あと少しで繁忙期を乗り越えられる。
あと少し我慢すれば好(よ)いことが起きる。
もちろん、いい結果だったことなんて数えられるくらいだ。
あと少し時間があれば、に始まって、あと少し粘っていれば、あと少し冷静な判断ができていたら。
後悔先に立たず、残念な結果に終わったことの方が両手で足りない数を経験してきた。
人生経験、なんて大層な言葉を並べられるほど生きてもいない。
でも僕はいつだって、諦めなかった。
挑戦し続けた、挑戦することがとても楽しかった。マ◯なのか、と自身を疑ったこともある。もちろん違ったさ。
僕はただ、最後の瞬間までヒトとして生きて居たかったのだと思う。
「おめでとう。君は、ゴールまで走り切ったよ」
菊の花束を僕へ向けて差し出した男はニヒルな笑みを浮かべた。
そうか。僕は完走したのか。最後の挑戦はなんだったかな。だめだ、記憶に靄がかかって思い出せそうにない。
「最期の挑戦は、山で遭難したお前が無事に生還できるかどうか」
男のセリフで思い出せた僕は、大した感動もなくそっか。とだけ呟いて自身の掌を見つめる。
掌の上に男は、ポスッと花束を乗せると僕の肩に腕を回した。
「あと少し、だったんだけどなぁ」
「ハハハッ、最期まであと少し、なんだね」
男に言われてからようやく僕は初めて、悔し涙を流した。
「本当に、あと少し、だったのに……!」
あと少し 朱雪 @sawaki_yuka
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