第36話
朝、七時に目が覚める。
あれからうなされなかったようだ。
隣人も来る気配がなかった。ミルクティーを飲んだせいが、深く眠れたような気がする。
カーテンを開けると、一気に光が差し込んでくる。
今日も晴れ。乾燥はしているけれど、日の光にも落ち着く。
怖い話や怖い事を聞くと、なぜ夜は不安になってしまうのだろう。
夜は人を不安にさせる何かがあるのかもしれない。
シリアルを食べて会社に向かうと、挨拶をした。編集長と三人の編集はそれぞれ自分の書いた記事を校正、校閲にかけて、直すところらしい。みんな真面目に机に向かっている。
昨日のことを編集長に言うべきか、言わないべきか。悩む。
編集長は今自分の仕事に追われているが、今日は指示待ちだ。それとも何か動画について調べるか。でもなにを?
いいや、一応言おう。
「編集長」
玲奈は姿勢を正して編集長のデスクの前に立った。
「ああ、例の件、なんと言おうか」
「私、やっちゃいました」
「なにを」
「動画を見て、怪奇現象が起こる件。昨日、どうなるかと思ってやってみたんです」
編集長の目の色が変わった。
「それってまさか」
「はい。一人暮らしの部屋でデスクトップパソコンを持っていたので。『深淵ちゃんねる』に批判的な書き込みをしました」
編集長はため息をつき、頭を抱えた。
「内田さん、それ危険な目にあうかもしれないことを承知でやったの」
「はい、本当はものすごく怖いですよ。どうなるかわかりませんし。でも、行方不明者のご家族に何かしらの手がかりをつかんで教えたくて……」
「こちらで考えておくっていったのに。なんなら、怪奇現象が起こるとだけ伝えておけばよかったのに」
「何の怪奇現象かも知る必要があります。そこが一番ご家族が知りたいことでしょうから。怪奇現象が起こる、だけではかゆいところに手が届かないかと思います」
編集長はそれもそうか、と頷いた。
「よし。なら、俺もやってみる。家の書斎にデスクトップパソコンがあるんだ」
「もしかすると、編集長は何も起きないかもしれません」
「なんで?」
「年齢的なものです。『深淵ちゃんねる』はやたら十代から三十歳までを募集していますから」
「その話、俺も乗りますよ。やってみていいですか」
平内が突如、近くへ来て言った。
「平内君、俺たちがやっている仕事の内容わかるの?」
二度頷く。
「動画も全部見てますし、自分の仕事をしながらこっそり二人の話をずっと聞いていました。俺も『深淵ちゃんねる』に批判したら何か起こるかも」
「社員を危険に巻き込むわけにはいかないだろう」
「いや、この部署で紅一点の一番若い内田さんが頑張ったんです。先輩社員も実験してみないと。それでどうなるのか確かめてみましょう。今日夜、帰ったらやりますね。俺の部屋にもデスクトップパソコンがありますから」
他二人の編集者をちらりと見る。どちらもかかわりたくないのか、それとも仕事の内容を知らないのか、黙って作業を続けている。
「ねえ、村田さん、渡辺さん」
平内がノリノリで声をかける。
「あ、俺ちょっとトイレに……」
「俺も……」
そう言って二人はフロアから出て行く。やっぱりかかわりたくないのだな、と思う。
「ほら、二人は乗り気じゃない。俺はすすめない」
「ここはオカルト編集部ですよ。編集長が一番知りたいことじゃないですか?」
「確かにそうだ。知りたいよ。だが命を脅かす危険が伴うことは、してほしくない」
「まあ、いいじゃないですか。内田さんはもうやってしまったんです。乗った船から降りられない状態ですよ」
編集長は何度かのため息をつく。
「でも平内さんはやめたほうがいいかも」
玲奈は呟く。
「なんで」
「お子さん、いらっしゃるのでしょう? もし行方不明になったら家族全員に迷惑がかかるじゃないですか。お父さんが行方不明になったらお子さんも泣きますよ。いくつですか」
「十歳と、六歳」
「ほら、まだ小学生じゃないですか。面倒ごと増やしてどうするんです?」
「なにも起きない可能性もあるわけですよね? 書き置きでも残して、やるだけやってみます。貯金は結構ありますから、当分妻子は困りませんよ。妻も正社員で働いてますし」
「そういう問題では」
「じゃあ、内田さんはどうなんですか。婚約してるんでしょう?」
編集長を見る。編集長は目を逸らした。婚約したこと、みんなに言ったのだ。
「まあ、いいじゃないか。式には呼んでくれるんだろ? 平内さんは、もう好きにして。そこまで言われたら、止められないし」
「三人で検証してみましょう。そのほうが話が早いかもしれませんよ」
「わかったから仕事に戻れ」
編集長は疲れ切ったように言い、平内を自分の席に戻した。
「私は今日どうしますか」
「ああ、そうだな。近くのパワースポットに行って取材して来てくれ。たまにはこういう仕事もいいだろ?」
一眼レフカメラと、地図を渡された。本当に会社の近くの、地元民しか知らないような神社だ。
「なんでも、縁結びにいいらしい。その取材も、来月号に間に合うようなら載せる」
「じゃあ今日取材に行って記事を書き、校正校閲に回して直し、ということで宜しいでしょうか」
「ああ。たまにはな。内田さんも参らないように、気分転換ね」
「飲みの席で言ったこと、気にしてます?」
「気にしてる」
玲奈は笑顔を作った。
「わかりました。行って参ります」
コートを着ると、一眼レフカメラとメモ帳を持って、神社へ行った。
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