第26話
由香は頷き、力強い目をしてリビングのドアをスライドさせると、階段に案内する。
先に由香が登り、玲奈はついていく。スリッパをはいていると階段は登りにくい。
階段から見て、左に一部屋。トイレ、洗面室を挟んで右側にもう一部屋。
その右側が、太一の部屋だった。中に入らせてもらうと、六畳程度のフローリングの部屋があった。
壁にサッカー選手のポスターが貼られている。
窓際にデスクトップパソコン。ポスターの貼られている真下にベッドと玲奈の腰くらいまでの本棚。
部屋の中央にはカーペットが敷かれており、折り畳み机があった。勉強はここでしていたのだろうか。
一目見ただけではなんともない、中学生の男の子の部屋、という感じだ。
「荒らされた痕跡はなかったですか」
「なにもありません。ただいなくなった日の朝、パソコンのキーボードがひっくり返って落ちていました」
パソコンを見る。一体型のデスクトップパソコンに、キーボードは電池で動き、離れても使えるものだ。かなえも、平助も同じようなパソコンだった。
「数日前に大声をあげていたので、なにか物に八つ当たりでもしたのかと」
八つ当たり、にしてはキーボードだけひっくり返るのも変な話だ。
「パソコンを調べても?」
「構いません。番号は自分の誕生日を組み合わせたもの、と言っていました」
玲奈はパソコンを立ち上げる。
「何月何日生まれですか」
「十月二十日です」
四桁の暗証番号を入力する画面が出てくる。
1020。打ってみる。だが、間違い。
0120。間違い。
2001。間違い。
2010開いた。パソコンはお待ちください、の表示が出る。
「パソコンは太一君に買い与えたのですか」
「そうです。学校の勉強で必要になるからって」
今の時代、パソコンでの授業も必須だ。
ネットができる状態になると、玲奈は履歴を洗った。サッカー関連の履歴が多い。
あとは勉強で調べたであろう歴史や、理科。数学。動画サイト以外は変なものは見つからない。真面目な子だったのかもしれない。
動画サイトの履歴を見てみる。
「深淵ちゃんねる」「天満省」「文光九十三年」を見ている。
「このような動画に心当たりはありますか」
とりあえず「天満省」の動画を開いて、由香に見せる。由香は近くに寄り、サムネイルの一覧を見ていた。
「いいえ。このような動画を見ているなんて一言も。なんだか気味わるいですね」
履歴や性格から、太一がこのような動画を好んで見ていたようにも思えない。やっぱり学校で流行ったのだろう。
「少し席を外していただけますか」
「わかりました」
由香は出て行く。「深淵ちゃんねる」が怪しい。そう目星を付けると、動画のコメントを探した。
かなえも平助もコメントを残していた。なら、太一はどうだろう。アカウント名はそのまま「太一」になっている。
コメント履歴を見ると、「深淵ちゃんねる」にコメントをしていた。
コメントをした動画を見てみる。『そちらの世界へ』というサムネイルがあった。
玲奈も見た覚えがある。
『私たちは、アナタがたをある程度操作することも可能です』
『さあ、一緒に楽しみましょう』
『アナタがたを一人一人監視することも可能です』
『なぜなら私たちの世界は異能持ちだからです』
映像の中にパソコンが映されている。一昔前の、本体とディスプレイが別のデスクトップパソコンだ。
パソコンの画面には何も映されていない。ただやはり縦線ノイズが走る。
それに対し、太一はコメントしている。
『異能持ちとか嘘くさい。動画に没頭していたのに一気に醒めたわ。なんだ、ただの作り物か。見て損した』
他も探ってみるがコメントはない。「天満省」と「文光九十三年」の履歴も調べてみたが太一は何もコメントを残していなかった。
「深淵ちゃんねる」だけにコメントを残している。とりあえず、コメントをしている動画、日付、コメント内容をメモする。
そしてふと思う。
本当に、行方不明と動画は関係あるのか?
確かに「深淵ちゃんねる」も嘘くさいのだ。「天満省」と「文光九十三年」の管理人からメールを貰ったとたん、全てが嘘くさく見えてくる。
でも、みんな動画を見たあと、なにかが起こり、行方不明になっている。
そのなにか、がわからない。けれど、それは多分、動画に関係することだろう。コメントを残して、何者かに目を付けられた? 聞こえてきたという「とおりゃんせ」の音楽は何?
部屋の向こうからノック音が聞こえてくる。
「あの、そろそろいいでしょうか」
腕時計を見る。気づけば三十分近く経っていた。
「すみません。どうぞ」
由香はすごすご、といった感じで入って来る。
「どうでしょうか」
「まだ、なんとも。推察はできるのですが、確たる証拠みたいなものがないのです。
あの、部屋から消えたようにしか見えないし考えられないんですよね?」
「そうです。警察も首を傾げていました。夜中に出て行けば気づきますし注意もします。でも、太一は夜中に一人で出て行く子ではないです。サッカー部が終われば帰ってきてご飯、お風呂に入ったあと勉強をしているような子で。なんでも高校の推薦が欲しかったらしくて、勉強を頑張っていました」
やっぱり、真面目な子だった。
「スマホはどうですか? 誰か怪しい人とやり取りしたり。お借りできるなら」
すると首を振った。
「スマホロックの解除の仕方がわからないのですよ。でも警察が言うには、スマホにも友達とだけやり取りしていて、外部の人間との接触はなかったって。それに、仮に、仮にですが夜中に出て行ったのだとしても、スマホを置いていくことはありえないですよね」
確かに。自分の意思であれば、外出すればスマホは持っていくだろう。忘れた、ということも可能性としてなくはないけれど。
「太一君がいなくなった日、家の戸締りは?」
「全部していました。この部屋の窓も空いておらず、鍵もかけてありました。二階のこの部屋から出て行くのも無理な話ですよね」
「そうですね……」
「あの」
由香はおずおずという。
「推察をお聞かせ願えませんか。どんなものでも構いません」
言うか。言うまいか。言って怒らせないだろうか。
「突拍子もない話です。怒らないで聞いていただければ」
玲奈の目を見つめ、ゆっくり頷く。
「私はオカルト編集部の一員です。なので、オカルト的視点から言えば、太一君の身に何かしらの怪奇現象が起きたのだと思います」
「怪奇現象?」
はい、といって玲奈は動画を出した。
「この動画となにかかかわりがあると思っています。ただ、わかるのはそこまでです」
「怪奇現象に巻き込まれたのは事実ですか」
「可能性はあると、それしか言えません。それにどのような怪奇現象が起きたのかもまるで分りません」
「怪奇現象なら警察は動かないですよね……」
「はい。なので私が探っています。もう少しお話を聞きたいので、太一君のお友達と連絡は取れますか。サッカー部員かクラスメイトか……」
「学校に電話してみます」
この部屋に、もう用はない。由香が階段をくだろうとするので、玲奈も部屋にお辞儀をしてからドアを閉じ、階段をくだる。先ほどのリビングにとおされ、由香は固定電話から電話をかけた。
Y社のかたが家に来ていて、息子の行方不明について調べて下さるそうです。
つきましては、そのかたに学校に入ることをお願いできないでしょうか。
そんなことを言っている。
「はい。はい。ええ」
由香が玲奈を見つめる。
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