第8話
心身ともに整えて、月曜になる。
指輪は指輪ケースにしまい、家に置いておくことにした。
せっかくの指輪を夕闇色に染めたくない。
今日のスケジュールは、三つの動画サイトの裏取り。管理人にコンタクトをとるのだ。
あとは、行方不明者と動画サイトの因果関係。
これはどのように調べていくか。やはり、行方不明者の友人、知人、家族に話をとらなければならないだろう。
幸い、みんな都心部に住んでいる。都市だけに、もはや都市伝説? そんなくだらないことを考えながら、動画サイトの概要欄にアドレスがあるので、三つのサイトに宛先だけ変えて送る。
〇〇様
お忙しいところ恐れ入ります。Y社月刊「夕闇」編集部の、内田と申します。
この度、弊社月刊夕闇編集部で○○様に大変興味を持っております。一点確認をしたいのですが、こちらのサイトはお顔や声などが出ている動画もございますが、完全なフィクション動画としてとらえて宜しいでしょうか? もしかしたらお話をうかがうこともあるかと思いますが、取り急ぎ、確認まで。弊社編集部に興味をお持ちであれば、お返事お待ちしております。失礼いたします。 内田玲奈
そう定型文を作り、〇〇様のところに「深淵ちゃんねる」「天満省」「文光九十三年」の名をあてはめ、概要欄から三通送る。
あとはメールの返事が来るのを待つだけだ。
それから。
玲奈は資料を読み込むと、編集長のもとへ行った。
「編集長、これから行方不明者の家族や友人関係に話を聞きに行きたいのですが、宜しいでしょうか」
「アポを取ってから行ってね。追い返されそうになっても食い下がって」
「はい」
今日も編集長以外、みんな出払っている。来月号はお寺特集だ。
事前に募集していた読者のお寺にまつわる不思議体験、も載せる。その仕事は編集長がやっている。
席に戻ると、玲奈はデスクにある受話器を取った。
まずは、斎藤かなえの家族から。行方不明ということは、生きているのか死んでいるのかわからないということだ。
この三人の調査で警察が動いているのならば、もう結果は出ているのだろうか。
こういうのって独自に調査してもいいものなのかと玲奈は疑問に思った。家族も悲しみに暮れているかもしれない。
でも、生きている可能性があるならば希望は持っているはずだ。その可能性を利用させてもらおう。
編集長が調べてきた斎藤かなえの実家に電話をかける。
コール音が八回鳴ったあとで、女性の声が聞こえてきた。
「はい」
「私、Y社月刊夕闇編集部の内田と申します。斎藤さんのご自宅で間違いないでしょうか」
「はいそうですが、どなたですか」
声は相当訝しんでいる。他の記者からも電話が来ているのかもしれない。
「Y社、月刊夕闇編集部の内田です」
「は? なんと」
相手の女性は声を大きくした。
「Y社月刊夕闇編集部の内田です」
はっきり言うと、女性はなぞるように、繰り返した。
「Y社は知ってますが月刊夕闇なんて聞いたことがないです。うちになんの用ですか」
口調は荒々しい。
無理もない。月刊誌「夕闇」はマイナーなオカルト雑誌。知る人しか知らない。
「今、弊社の編集部――つまり月刊夕闇編集部で、行方不明になっている斎藤かなえさんの手がかりを探しております」
「聞いたことともない編集部がかなえの手がかり? なんで」
相手は動揺した声を出す。
「仕事で、そのような状況になっておりまして。一度お会いして話せませんか」
「もしかして、かなえを探してくれるの」
納得したかのような声。勝手に解釈してくれて助かる。
「できれば尽力させて頂きたいと思います」
玲奈は丁寧に、優しく言った。
「でも、警察も捜査を打ち切ったし、様々な記者が私たちのもとを訪ねてきて……」
かなえがいなくなったのは、去年の三月三日だ。もう一年近く経つ。捜査を打ち切られるのも無理はないだろう。
そして、心ないことを言われたりもしているのだろう。
「お辛い状況にあることはお察しします。ですが一度話をおうかがいしたいと思います」
「分かりました。一刻も早くかなえの手がかりが欲しいので、今すぐ来てください」
「はい、すぐ参ります」
女性は住所を言った。玲奈はメモを取る。
一時間後にご自宅にうかがう、と約束して電話を切った。
これをあと二回繰り返すのか。とりあえず、すぐに行かなくては。
トイレで身だしなみを整えると、編集長に言った。
「斎藤かなえさんのご自宅とその周辺に行って参ります。すぐ来て欲しいとのことです」
編集長は深く頷く。
「頼んだ」
警察にもう嫌というほど話を聞かれているだろう。
行方不明のきっかけが、斎藤家の中から出てくるとも思えない。だが、動画になると話はどうだろうか。その辺の詳しい話は警察にしているのだろうか。
服装は、スーツではないがそれなりに見られるフォーマルな格好だ。
メモ帳とボールペン、ICレコーダー、スマホがバッグに入っていることを確認すると、玲奈は会社の最寄り駅に向かった。
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