リトル・キング【旧作】

オリーゼ

第1話

改稿版はこちら(元から400文字削っています)

https://kakuyomu.jp/works/822139840562172323/episodes/822139840562255506



 閉じこめられたその部屋は、どこか暗く湿っぽくて、押しつぶされそうな雰囲気をもっている。少年はためしに扉をたたいてみて、案の定いらえが無いことにため息を落とし、寝台に腰掛けた。

 少年は四才の時からついこの間まで、この国の王だった。摂政である叔父に言われるがまま、書類に署名し奏上に耳を傾けて彼の望むとおりに返事をするだけの仕事だったが、まちがいなく彼は『王』であり、それゆえに彼は一つの望みを持っていた。

 少年が、その希望――政治の勉強をして立派な王になりたいと口に出したのがつい昨日のことだ。だが、それを耳にした叔父は激昂し、すぐに牢獄として名高い、白の塔に閉じこめられた。

 事情も飲みこめないままここに囚われ、差し入れ口から何回か食事と着替えが放り込まれた以外は外との接触もない。

 会話もない孤独な牢獄は、少年の気持ちをたった半日でへこませた。

「どうして……」

 涙ぐみながら呟いたとき、少年の斜め後ろから声がした。

「ヘンリーはお前がじゃまになったのさ。リトルキング」

 ぎょっとして振り向くと中空に人が浮いている。おまけに姿は半透明で、後ろの壁が透けていた。

「ひっ!」

 驚愕と恐怖で声も出せなくなった少年を見て、彼は小さな含み笑いをもらした。

「そんなに驚かれるとこっちも出甲斐があるね。べつに害はないから安心しろよ。人間と変わらない。ただ、そうだな、ちょっと……体がないだけだ」

「ちょ……『ちょっと』って!」

 狼狽しながらも、少年は彼を見つめた。たしかに半透明で宙に浮いている以外は自分とたいして変わりない。

 年は自分より少々上だろうか。髪の色は少年と同じ豊かな色の金髪で、楽しそうな笑顔は快活だ。

 多少落ち着いて少年は彼に話しかけた。人ではないのかもしれないが、人の姿をしていて、なにより少年はすでに会話に飢えていた。

「あの……お名前は? 僕は……」

「ジョージだろ? リトルキング。よく知っている。この国の国王。だれでも知っていることさ」

 そう言ってひとしきり笑うと、彼はわざとらしいうやうやしさで礼をとった。

「僕はリチャード。どうぞよろしく。リトルキング」

「リチャード……。僕の兄上も同じ名前だったよ!」

 少年が言うと、リチャードは肩をすくめた。

「良くある名前さ。王家だけで片手じゃ足りないぐらいこの名前の奴がいる。家臣までいったら、両足の指を使っても足りないだろうな」

「なんで、あなたはここにいるの?」

「……。なんでと言われると、答えて良いものか迷うけれどね。ここで殺されたから、この塔の中をうろうろしてるんだ。有名な話だけど知らないか? この塔には無実の罪や、本当の罪を犯して殺されたたくさんの霊魂がさまよっている。僕もその一人だ」

 答えを聞いて、ジョージは小さく身を震わせ、ちらりと後ろを振り返った。

『浴びるほどに血を吸えど、朱に染まらぬ白き塔』という戯れ歌があまりにも有名な塔だ。王宮以外の世界を知らない彼でさえその悪名は知っている。

「……やっぱり、僕、殺されるのかな?」

 リチャードは少年を見て、慰めるようにほほえんだ。

「そんな顔するなよ。こっちの世界も悪くないぜ。リトルキング」

「悪くないって……。でも……僕は……。あ、そうだ。それより、僕のことをリトルキングって呼ばないでください。僕は小さくないし、もう、王様じゃないんだから……。その呼ばれ方はおかしいと思います」

「おかしくないさ。リトルキング。お前はまだこの国の正式な王で、十分ちびっこい。少なくとも背丈は。年は……。お前、いくつになった?」

「……僕のこと、知っているの?」

「さっきも言ったろ。この国でお前のことを知らないやつはいない。それより、質問に答えてもらえるかな」

「十四。この間の誕生日で」

「……そうか。もうそんな年なのか……」

「どうしたの?」

 ちょっとな、とリチャードは言葉を濁し、少年の顔をじっと見つめて言った。

「お前はここから逃れたいか?」

「……死にたくないよ」

 少年はリチャードの言葉の意味を彼なりに解釈し、そう答えた。

「だろうな。なら、やっぱりここから逃げなきゃいけない。ここにいれば、奴はかならずお前を殺す。この十年殺されてきた、たくさんの人々のように」

「……でも、どうやって?」

 少年は塔の中を見回した。

 自分の背よりもはるかに高い位置にある窓。何度叩いてもびくともしない厚い樫材の扉。蟻の這い出る隙間もないように思える。

「この部屋には外へ逃げる通路があるんだ。少し暗いが、たぶんそこを通れば抜けられる。もちろん、その後の暮らしの保証は出来ないが、ただ座して死を待つよりは意味があるだろう」

 リチャードはそう言って部屋の隅を指さした。

「そこだ。隠された通路になっている。すこし探せば見つかるはずだ」

 言われたとおりに壁を探ってみると隠し扉を見つけることが出来た。少年はふと、疑問を覚えリチャードにたずねた。

「どうして知っているの? あなたもこの部屋に閉じこめられていたの?」

リチャードは硬い顔で頷いた。

「ああ。だが見つけたのは死んだ後だ。生きていたときは見つけられなかった……」

「そうなんだ……」

 少年の同情の響きを感じ取ったのだろう。リチャードは首を振り、付け加えた。

「生きてた時は見つけようとも思わなかったんだ。死こそ、自分の自由が得られる唯一の術だと思っていた。生をあきらめていた。さ、くだらないおしゃべりはここまでにして行くんだ。奴ら、いつ来るか分からないからな。枕を一つ詰め物にしていけば、しばらくの間見張りの目をごまかせるだろう」

 少年は頷いてリチャードの言うとおり、枕で自分の形を作り、ベッドを整え、燭台を手に取った。

 穴の前で足を止め、後ろを振り向くとリチャードの姿がゆっくりと薄くなって、空気と同化するところだった。

「まって!」

「なんだ?」

「それであなたは自由になれたの?」

 リチャードは首をすくめて姿を消したが、その声が、少年の耳元で重く、静かに響いた。

「結局のところ、ここにとらわれたままさ。死には自由もなにもありはしない。死は死にすぎないんだよ」

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