ナノーグ国逃亡怪異譚
海山 鍬形
プロローグ 影の国
影の国。
ヒベルニアの西の近海に、そう呼ばれる島国がある。
この島の西端には巨大な壁のようにそびえる山々があり、日没の際ちょうど後ろへと日が落ちていくため、島全体が影に覆われて真っ暗になる。
影の国とはその様子からつけられたあだ名のようなものだった。
実際の名はナノーグ国。
仰々しいあだ名に反してのどかな国だという。
鉄道が張り巡らされ、電話のベルがあちこちで鳴り響き始めているこの時代に、いまだ馬車で手紙を届けていると、そこに訪れた者が驚いていた。
ただその実態を知っている者は少ない。
周辺との交流はほとんどなく、船が週に一度出入りする程度なのだ。
それもほとんどはナノーグ国側の商人が買い付けにくるのみ。田舎での別荘暮らしを楽しもうという貴族や資産家すら訪れることはごく少ない。
不明瞭でどこか神秘的な島。
だからか、よく不気味な噂も流れてくるのだ。
曰く、海で死んだ者達がボロボロの船に乗って島へ入っていくのを見ただとか。
二百年以上も昔、魔女狩りの際に魔女達が逃げ込んで隠れただとか。
あの島こそがあの世の入り口であり、訪れた者は帰ってこれないだとか。
とはいえ実際に行ってきた者達が全くいないわけではない。
あの島へ行ったという者達がたまに現れるが、ゆっくり過ごすなら悪くないと語る。
ただ同時に、こういったことをするな、と言うのだ。
『森には近づくな』
『廃村の墓を見るな』
『海の傍で口笛を吹くな』
『寂れた屋敷に入るな』
『とにかく、住民のいかない所にはけっして近づくな』
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