春の風を待つ
山雲青以(やまくもあおい)
春の風を待つ
もういくつねるとひなまつり~、と歌っていた姪が、もういくつねると春休み~、と歌うようになった。
カレンダーを見ると三月三日はとっくに終わっており、スマホで確認して今日が三月五日なのだと知った。
一人暮らしのフリーター、しかも昼夜逆転生活だと時々今が何時なのかわからなくなる。
私にとって眠る回数を数えるのは、棺桶に入るのがいつなのか、くらいしかない。
いや、棺桶に入る事が出来るのかさえ怪しい。
夢も希望もないな、とふて寝する。
姪はゲーム機をいつも通り勝手にやっている。
敵を倒して、倒して、NPCと会話して。
努力すれば成果が出るゲームの世界は素晴らしい。
昔は魔法が使えるようになるだけがファンタジーだった。
今は、そう、普通に生きるという事がファンタジーだ。
昔誰かに「どんな魔法が使いたい?」と聞かれた。
若かった私は「ムカつく奴をぶっ殺す魔法」と言ったっけ?
でも今は切実に、エナジードリンクよりも体を回復する魔法が欲しいと思う。
そしたら、そう、革命だ。
五人囃子にお内裏様まで完全武装。
宇宙戦艦に乗ってクソな政治家へ主砲を発射。
完璧なAIで完璧な政治、人間が人間らしく生きる世界を作るのだ!
雛人形達の拍手に応える私は、歴史的な革命家になっていた。
「おーいおっさん、スマホがうっせえ」
「……っ、ああ、時間か」
白昼夢から覚める。
祭りは終わった。
現実の私はここにいて、可愛くない姪におっさん呼ばわりだ。
「俺は行くから、姉ちゃん迎えに来たらよろしく言っとけ」
「うっす」
女の子が「うっす」と言うのは、ほんと、時代の流れはわからないと思う。
古き良き時代と言うのは老害の戯言と思ってた。
でも、古い時代が無ければ新しい時代も無い。
「もういくつ寝ると~」
「おっさん、時間いいのかよ?」
「ああわかってるよ。うっせ」
「うっせ」
ドアを閉める。
遂には「行ってきます」「行ってらっしゃい」もなくなった。
アパートから出て空を見上げる。
17時の空は、いつの間にか明るいものになっていた。
夕方の帰り道を歩く奴らとすれ違いながら仕事場へと歩く。
学生達の声が耳に入ったが、どうでもいい話ばかりだった。
よくそんな事を楽しそうに話せるなと思った。
目頭をつまむ。ただそうしたかったから。
吐いた息はもう白くはならなかった。
空気は、昨日よりも少しだけ寒くなくなっていた。
「もういくつ寝ると~」
春よ来い。
春の風を待つ 山雲青以(やまくもあおい) @gakuha
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