鄙まつり
池平コショウ
第1話
今日も客は来ない。外湯巡り用の便所下駄をつっかけて表に出てみた。見渡す限り通りには俺一人。硫黄のニオイが漂う通りに下駄の音だけが響きわたる。
山陰の奥座敷としてもてはやされた時代もあったらしい。二十軒あった温泉宿も今は五軒に減ってしまった。生き残っている温泉は安近短か秘湯の両極端だけ。ここのように中途半端な温泉街は見向きもされない。
フーッと嘆息したとき彼方から「良和ちゃーん」と声がした。この無駄に大きな声は文彦だ。ひとつ下の三四歳。小学校のころはよくいじめて泣かせた。
街一番大きな旅館の跡取りだが、いつもヘラヘラしていて軽く見られる。本人は気づいていないのか全く意に介さない。そして、なぜか俺に懐いてくる。
「すんげえ、いいことを思いついた」
いいことだった試しはかつて一度もない。「いいことって何さ」しょうがないからつきあってやる。
「鄙(ひな)びたって知ってる?」
「ああ、ここみたいに人が来ない温泉街」
「そうなんだけど。普通、すたれたって意味で使うでしょ。でも本当は都会から離れているって意味なんだって」
「だから何?」
「発想の転換が成功の秘訣だって昨日、テレビで言ってた。そんで考えたのよ」
長ったらしい説明を要約すると言いたいことは単純だった。
昭和時代には賑わっていたが今はさびれてしまった温泉街を「思いっきり寂しい温泉街へ傷心旅行」というコンセプトで売り込もうというのだ。
傷心旅行にフォーカスした温泉街はほかになさそうだ。俺の触手もピクリと動いた。
「具体的にはどうする?」
文彦は待ってましたとばかりに説明を始めた。
「ひなまつりをやるんだ」
またまた要約する。ひなまつりと言っても雛人形を飾るのではなく、鄙びた鄙の地のまつりなのだそうだ。それを三月三日のひなまつりにぶつければ話題性があってマスコミも飛びつくはずだ。
残った五軒の温泉宿は改修もままならず「鄙びた」イメージにはピッタリだ。女将さんや仲居さんもいい案配に鄙びている。
さっそく寄り合いを開くと「やらないよりはまし」という後ろ向きな賛成を得た。
翌週から料理担当者による研修会が始まった。「極端な薄味で野菜の苦みを強調する」。文彦の余計なひと言「不味いほうがいい」は料理人のプライドを逆撫でしたようだったが、おおむね理解してもらえた。
接客担当者には方言講習。九十歳以上の年寄りに集まってもらい、今では誰も使わなくなった言い回しをレクチャーしてもらった。
いよいよの三月三日。五軒ともが予約客だけですでに満室だった。送迎車からは、もくろみとは反対の脳天気な若い女性たちが次々に降りてくる。彼女らは、何を見ても「きゃー。鄙いー」と歓声をあげるではないか。
温泉街は一気に賑やかになってしまった。
鄙まつり 池平コショウ @sio-
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