朧月の帰り道
かにりよ
第1話 朧月
菜の花畑に夕方の月が上る。その日、私は一人で出かけて、家に帰るところだった。田舎でみんなが知り合いのような場所で、私は油断していた。春の匂いがふわふわと鼻と目をくすぐる。何回かくしゃみをした時
『淋しい…』と聞こえた。
土手の方に小さな影が見える。夕暮れ時に迷子になっている子供がいるのかと私は驚いて、小走りで近寄った。
草の中に埋もれていたのは私が見たことのない姿をした中学生が学生鞄を枕に寝転んでいた。真っ白な肌と髪とオッドアイの目をした地元の制服を着た男の子だったけれど、私にはそれが人間には見えなかった。まるで神様のようにも妖精のようにも思えた。
彼は近寄った私に視線を移して黙ってじっと見る。
目が透き通っていて、ガラスのようで怖くなる。なにより、彼はピアスを何個も耳につけていて、眉毛付近にもついていたから、小学生の私は彼が不良だと思った。
黙っている私に飽きたのか、何も言わずに視線を外して、空を見上げる。
『あー、子供にまた怖がられた』
また声が聞こえた。
「え?」と思わず私は聞き返す。
ゆっくりと彼がまた私を見た。
「早く帰れ」と彼が言ったと同時に
「怖くないよ」と私は叫んだ。
今度は彼が「え?」と上体を起こす。
「こわ…く」
「嘘つけ。足、震えてるぞ」
確かに私の足が震えている。
「怖くないもん。トイレ行きたいだけだもん」
そう言うと、彼は笑い出した。
「だったら早く帰れ」
「…帰るけど…。お兄さん、淋しいの?」
「お兄さんって…」
「だって名前知らないし」
「お前は何て名前なんだよ」
「
「早生まれだから小さいんだな」
「一番前」
「お兄さんは?」
「名前…ない」
「ないの?」
「ナナシ」
すごく淋しそうな顔をするから、私は焦って「じゃあ、私がつける」と名前を考えることにした。
「えっと…」
クラスの子の名前を思い出す。
「は?」
「白いから、ユキニイ」
あまり気にいった様子ではなさそうだったが「ま、いっか」と言ってくれた。
「友達になってくれる?」と言って、眉のピアスを抜く。
「友達」
年の離れた友達なんて、私にはいなかったから、嬉しくなって頷く。
「じゃあ、はい、これ」と金色の輪のピアスを渡してくれた。
でも私はどこかに穴を開けて、それをつけなくてはいけないのか、と躊躇する。
「別に日菜につけろとは言ってない。友達の印なだけ」
「印?」
私は慌ててポケットを探った。食べ終わったキャンディーの包み紙しか出てこなかった。
「明日、何か持ってくる。ここで待ってて」
「分かった」
「また明日ね」と私が言うと、ユキニイが笑いながら立ち上がった。
急いで帰らないと、お母さんが心配すると私も手を振って、その場を後にする。夕焼けが夕暮れに変わっていく。私は時々、振り返りながらユキニイを見た。
黄色い菜の花畑に埋もれていても、違和感がないくらい綺麗だった。
朧月が空に浮かんでいる。
春の匂いはふわふわと心ともなく、足取りもおぼつかない。
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