第2話 全力で狩っただけなのに……
プラヤーモモは、豊穣の森の日当たりの良い場所に現れる。水資源が多く水はけもいい場所を好むらしい。
パヤの開設を聞きながら、森の奥深くまで入り込むと、陽射しが木々の葉を透かして淡い緑色の光を作り出していた。
パヤは青と白の彩が眩しい装備を着ていた。希少種を討伐しないと作れない装備だ。布地の面積は少なく、薄く見えるのに、防御力はそこそこあり、敏捷性が高い。
(うーん、謎装備)
この世界に来て、見た目と防御力が比例しないことが分かった。
スキルがあるからなのか、材料がモンスターだからなのか、顕には理解できない。
(まぁ、それを言えば、武器もよくわからん技術だし)
顕がメインで使うのはボウガンだが、このボウガン、矢に種類がある。
それも矢の先に毒を塗るとかいうレベルのものじゃない。
矢自体にそういう効果がついているのだ。毒だの、眩暈だの、失神だの、物騒なものがたくさんある。
それなのに、日本で言う銃やミサイルのような火薬を使うものは少ない。武器自体が優秀すぎて開発する必要性がなかったのかもしれない。
「パヤ、まだ着かない?」
「もうちょっとだよ」
「遠いわ……遠かったのも、理由だったのかも」
「顕が出不精なだけでしょ」
青々と茂った草を踏みしめながら慎重に歩を進めていた。背負ったボウガンは、プラヤーモモを討伐するために威力の高いものしてある。
いつも使うものより少し重い。その重さに後悔し始めていたが、推しのためなら仕方ない。
ちょっと前を見ればしなやかな動きで森を進むパヤの姿がある。先導する彼女の鼻が小さく動き、プラヤーモモを探してくれているのだ。
パヤの金色の髪が木漏れ日に照らされ、ふわりと輝いていた。
「ねぇねぇ、オシって誰なの?」
徐々に木の枝には果実が実り始める。ところどころに色とりどりの花が咲き、まるで果樹園のような風景が広がり始めた。
プラヤーモモのエリアに近づいたのだ。
遠くで鳥のさえずりが響き、湿った土と新緑の香りが混じり合った匂いがした。まだあの甘い匂いはしない。
突然のパヤからの問いかけに、顕は足を止めた。
「推しは推しだよ。大切な人」
「……アラワの大切な人?」
パヤの耳がピクリと動く。彼女の赤い瞳が一瞬だけ細められた。
推しの説明と考えて、すぐににっこりとした笑顔を浮かべる女の子が浮かんだ。
推しへの感情を言語化するのは、少し難しい。特に娯楽の少ないこの世界では。
「そ、説明はちょっと難しいんだけど。手が届かない場所にいるんだけど、見てるだけで元気を貰えるって言うか、たまに優しい言葉をくれるのがほんと良いっていうか」
顕はそう言いながら、目を細めて言葉を探す。
推しのためなら苦手なモンスターだって討伐するし、わざわざ依頼を受けて森にだって入る。
生きる理由に推しはなるのだ。
「ふーん」
パヤの返事は短い。ピンと来ていないのが丸わかりだった。
パヤは何かを考えるように前を向いたまま、木の幹を指でなぞる。
鋭く前後を見回す姿は凄腕のハンターそのものだ。
「手が届かない人のために、アラワは努力するの? いつもなるべく寝てたいっていうのに?」
「推しの誕生日は特別だから。しょうがない」
顕は当然のように言い切った。
なるべく寝ていたい。だけど、推しの誕生日くらい、頑張らねば推しに顔向けできない。
この世界じゃ、もうイベントに参加も、何かを購入することも難しいのだから。
「そんなにオシさんが大切なんだね」
パヤはぼそりと呟く。小さな声だったので、顕には聞こえず、もう一度尋ね返す。
「ん? なんか言った?」
「んーん、何でも」
緩やかにパヤが首を横に振ると、金色の中から尖った耳がピクピク動いているのが見えた。
不満なときの動き。だけど、顕にはその原因が思い当たらない。
急に付き合わせて悪かったかなと内心首を傾げた。
「ねぇ、私の誕生日にも同じように祝ってくれる?」
パヤの誕生日、と考えて、顕は顔をしかめた。
此の世界に来て3ヶ月ほど経った頃、パヤの誕生日はあった。凄腕ハンターの、しかも村長の娘。
パヤに拾われた顕も参加したのだが、その時はすごい人の量だった。
「えー、パヤは村中から祝われるじゃん。わたしが独り占めしたら、暴動が起こりそう」
「起きないから。起こさせないし。で、どうなの?」
妙に突っかかってくる。パヤの赤い瞳が鈍く光っている気がした。
「んー、考えとく」
「絶対だよ」
「ん」
そして妙に押してくる。
やっぱり変だなと思ったところで、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
忘れるわけもない匂い。顕は思わず顔をしかめる。
「もうそろそろかな?」
「アラワでも気づくなら、そろそろだよ。準備は大丈夫?」
背中からボウガンを下ろし、一度確認する。
矢もある。動作も良し。
顕はこくりと頷きパヤに笑顔を向けた。
「任せて。この後の日程も詰まってるから、全力で行くよ」
親指を立てて、ばっちりアピール。
だが、パヤには響かなかったらしい。
「……オシさんが羨ましい」
パヤはそう呟きは、森のざわめきの中に消えた。
*
「よし、討伐完了っと。パヤ、ありがとうね!」
顕がボウガンを肩に担ぎながら、満足そうに息をつく。体感ではあるが、最速で討伐できたのではないだろうか。
森の中には討伐されたプラヤーモモの大きな体が横たわっていた。辺りには桃の甘い香りが充満しているが、前に比べれば気にならない程度だった。
「ありえない……っ」
パヤは獲物を見つめながら、何だかよく分からないことを呟いていた。
モンスターは討伐されたのに、その顔には納得できてないような表情が浮かんでいる。
とどめを刺せなかったのが嫌だったのかな、と顕は目的の桃を剥ぎ取っていく。
「おー、美味しそうな桃だ。これだったら、文句言われないでしょ」
プラヤーモモの背中になっている桃を優しくもぎ取った。
表面は柔らかく、熟しきっているのが見て取れた。ほんの少し力を入れれば、果汁が指の間からこぼれ落ちそうだ。
プラヤーモモとは違う良い香りが漂う。
推しが「頑張ったなぁ」と皮肉交じりに褒めてくれる気がした。
「ねぇ、アラワ!」
一人妄想の世界に浸かっていた顕は、パヤに少し強い調子で名前を呼ばれ、 少し首を傾げた。
「ん、なぁに? 早く帰らないと」
あとはこれをカットして、ケーキにするだけ。量があるならジャムも作れるかもしれない。
頭の中で予定を組み立てるも、パヤは不満そうに唇を尖らせていた。
「なんで今日はこんなに早いの?」
「だって、急いでるから。桃も完璧なのが欲しかったし」
理由なんてそれしかない。
あくまでこの桃は必要なだけで、本イベントはこれからなのだから。
顕は桃を大事そうに抱えながら、軽く肩をすくめる。
「ほとんど、私いらなかったじゃん」
「いるよ。パヤがいないと上手く狙えないし」
パヤが踊るように太刀を振るってくれるから、プラヤーモモは足を止めたのだ。
その動きの間を撃ち抜くのは、一年パヤと組んだ顕には簡単だった。
パヤは顕の前に来るとその長身を折り曲げ、顕の顔を覗き込むようにしてくる。
「オシさんのため?」
「そう。推しのため、わたしは急いでいるのだよ」
推しの誕生日は祭だ。祭は馬鹿にならないと楽しめない。
ハードモードの方が燃えるのもオタクの特徴だろう。
ふふんとわざとらしく胸を張ったのに、パヤはしゅんと見えない耳が垂れたように顔を伏せた。
「そっか。そんなに……」
パヤの呟きに顕は首を傾げる。
なんか元気ない。それはわかっていた。わかっていても、どうしてよいかわからない。
顕はとりあえずそっとして置くことにした。
「ほら、早く帰ろう。これを使って料理しなきゃいけないから」
「料理? アラワが料理するのっ?」
何とはなしに言った一言にパヤの目がさらに丸くなる。
赤い瞳が落ちて来るんじゃないかとアラワは思った。驚愕を絵に描けばこのような顔になるんじゃないだろうか。
「そうだよ。お祝いだもの」
顕が当然のように答えると、パヤの体がぴたりと止まった。
「なんで」
どこか冷たい怒りがにじむ一言だった。
顕が大事そうに抱えている桃に視線を落とし、その唇がわずかに震えた。パヤの赤い瞳から、ふっと光が失われる。
顕はそれを見ていなかった。ただ、早く帰って推しのためにケーキを作ろうとしていた。
ここが運命の分かれ道だったのかもしれない。
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