盗んだ男
辺りを濃い霧が包み込んでいる。先を見ることが不可能な状況だが、そんな空間歩き進む者がいた。さりとて迷う様子もなく真っ直ぐに突き進んで行く。
やがて、霧が晴れた。
そして一人の男の姿が見えた。
その男に向かって歩いて行く。男はこちらを見て、驚いている。
男は見るからにボロボロだった。どうしてこんなにボロボロなのかはわからない。しかし、その虚ろな目には何かを見つめていた。
その男に、ただ一言。
「ようこそ、乖離世に」
「乖離世...?」
「此処はあらゆる罪が赦される楽園。万人に与えられる最後の選択の場。此処に辿り着く者に与えられるのは安らぎと赦し」
男はただ混乱した。何も理解できない。此処に来る前の記憶がない。
「どういう事なんだ」
なんとか言葉を紡ぎそう告げる。
理解できない。この場所も、目の前に立つ少年のような人間も。
相手は神主のような黒と白の服装をしていて、目元だけが布で隠されていた。少し癖のある黒髪、長くて後ろに一つ結びしている。
そして相手が口を開く。
「貴方は死にました。大罪を犯したから天国にも地獄にも行けず、ただ、此処で無に還る事を待つのみです」
それだけ告げて、立ち去る。
「待ってくれ!」
その言葉を聞かず、足を進める。男は追いかけようとしたが、霧が濃くなり、見失う。その場に崩れ落ちて、叫ぶ。
「嗚呼、俺が何をしたって言うんだ!!」
「俺はただ...俺は」
「取り返しただけじゃないか!!!!」
そう叫んで思い出した。自分が何をしたのかを。
彼は盗んだ。否、彼にとっては取り返した。
彼は裕福な家庭に生まれ、知らなかった。貧しさを。自分が豊かになる為に多くの金を集めた。他人の手柄も自分のものにし、欲しいものを全て集めた。
それを盗まれた。俗に言う怪盗と呼ばれる存在に。予告状が来たから警備態勢を厳重にしたが盗まれた。そしてそれは教会付与された。
自分の物なのに勝手にだ。だから、取り返した。自分のモノ《金》を。
教会に住む子供を売って。
取り返したけど彼は死んだ。他でもない自分が売った子供の手で。その子供かつてこの男の使用人だった人間と協力して彼を殺した。
今の彼は理解できないままただ、無に還るだけ。
その姿はなんと醜い事か。
無様な声を聞き流しながら、ただ思った事を口にする。
「貴方が隣人を憐れむ事ができれば多少はマシな結末を迎えれたでしょうに。少なくとも一人ぐらいは貴方の為に涙を流す人がいたでしょう。今となっては遅すぎますが」
乖離世 虚偽 雹 @Kuronikuru42997
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