ドルオタ少女はまた、夢を見る
音多まご
先生と、わたし
「私はね──学生の頃、アイドルになりたくていろいろ頑張ってたの。そう、あれは11年と2ヶ月と13日前──」
先生がいきなり、自分語りを始めた。どうしよう。突然すぎて、戸惑うわたし。それと時期が細かすぎる。突っ込みたくなるじゃん。
だけど、その話に興味がないわけではない。いやいや、それでも……とりあえず、早口で喋りまくっている先生を止めよう!
「……それでね? 先生、すっごく落ち込んじゃって。だってだって、会場の子たちがあまりにもかわ──」
「ちょっと先生ストープ! もうわたし、十分わかったから! だから、とりあえず落ち着こ!?」
「わぉっ!? ご、ごめんごめん
ふぅ。なんだか、大仕事を達成したような気分だ。さて、ここで今の状況を説明しておこうかな。
わたしの目の前にいるこの女性は、音楽の先生。先週の歌のテストでわたしだけ休んでしまったので、今は再テストの時間だ。とは言っても、テスト自体はもう終わっていて、今は振り返りシートを書いている。
そうしたら、急に先生がアイドルについて語り始めたというわけだ。わけが分からないよ。
「あのー先生……なんで急に、そんな話を?」
「え? だって田野井さん、アイドル好きでしょ? スマホケースで分かっちゃったよ〜」
「た、確かに……それはそうなんだけど」
そう、わたしは生粋のアイドル好き。最近は韓国アイドルとかが流行っているけど、あくまでもわたしの専門は日本の女性アイドルだ。
6歳くらいのときに、テレビに映る、ひらひらの可愛い衣装に身を包んだアイドルに目を奪われたのを、今でも鮮明に覚えている。
だけど、『アイドルになりたい!』なんてことは思わない。そういうのは、もうとっくに卒業したんだ。
「……ステージの上で綺麗な衣装を着てパフォーマンスしてみたいって、思ったことはないの?」
計ったようなタイミングで、先生が尋ねてきた。
「いや……無理に決まってるよ! わたしはただ目の保養にしてるだけ。どれだけ倍率あると思って……」
「ふ〜ん……。先生なんて、応募できる年齢の上限になるまで、将来の夢はアイドルだったなぁ……」
「先生、美人でまだまだ若いしなれるんじゃない? アイドル!」
「うふふ、確かにそうかもしれないけど──今は、この先生っていう職業に集中したいの」
優しげに微笑んで、先生はわたしに言った。その表情は、わたしなんかとは比べ物にならないほどに大人の余裕を孕んでいた。
「アイドルって、ほんとにすごいよね……。当時の先生、別に生きるのが辛いとかそういうのじゃなかったのに、なぜか
「めっっちゃくちゃ分かりますっ! 学校でいじめられてて、アイドルが救いだった……みたいな子もたくさんいて、そういう子がデビューしたらもちろん全力で応援するけど、そうじゃない子もアイドルに憧れてデビューしたわけで。やっぱりいろんな人を笑顔にできるのがアイドルなんですっ!」
……わたしもつい熱くなってしまった。これじゃあさっきの先生と同じじゃん。だけど、1つも嘘はついていない。勝手にスラスラ言葉が湧き出てきたのだ。
「……ふふ。大好きなんだね、アイドルのこと」
「えっへん! それはもう!」
「おー、そっかそっか……! ──でもね、田野井さん」
穏やかだった先生の表情が一変して、少し真面目な眼差しを向けてきた。
「少しでもアイドルに憧れてるんだったら
、それを何もせずに諦めるのは良くないよ?」
「……な、なんで……」
予想外の言葉だった。まるで、わたしの心の中を見透かされているようで、少し身構えてしまう。
「だって、今あんなに熱く語ってくれたっていうのに、憧れがないなんておかしな話でしょ?」
「それは、まあ……もちろん、憧れてはいるんだけど……」
「もう、その夢を見るのは卒業したって?」
「うん……」
先生は、昔を懐かしむようにわたしに話す。
「なんか、あれだね……勝手に自分のキャッチコピー考えちゃったり、鏡に向かってポーズ決めちゃったり、挙句の果てには卒業ライブでファンのみんなに挨拶する妄想なんてしちゃったり……」
「あああああ!! わたしの黒歴史ぃ!!」
──もろに小学生の頃のわたしだった。
思い出しちゃったよ。『いつでも楽しい田野井
「ちょっ、先生! 変なこと思い出させないでってば!」
「──変なんかじゃないよ」
「……え?」
「もう、だーかーらー! それは別に、変なことじゃないの。先生も同じだったし、子どもっていうのはそうでなくちゃ」
諭すように、先生はそう言う。
「それにね、そうやって夢に向かって全力な子は、年齢に関わらずかっこいいんだよ?」
「それは……」
いつしか、わたしが忘れてしまった……いや、どうせ叶いっこないと自分から失くしていった、情熱。
わたしは認めなきゃいけないんだ。まだ、アイドルへの憧れを捨てられていないってこと。
「だからね、いろいろ余計な話もしちゃったけど──」
「…………」
「簡潔に言うと! 田野井さん、あなたはまだアイドルを諦めるような歳じゃないの! 今からでも目指しちゃえばいいのよ!」
その言葉は、わたしの胸を弾ませた。先生は、キラキラした瞳でわたしを見つめている。
……そうだ、そうなんだ。わたしはまだ、高校1年生。これからいくらでもチャンスはある。可能性を自ら封じてしまうなんて、あまりにも馬鹿が過ぎる話じゃないか。
「先生……なれると思う? わたしが、アイドルになんて。さっき聴いたでしょ、あのボロボロな歌」
「そんなものは、練習すればいいだけだから! とにかく、あなたなら絶対にできる!」
その屈託のない笑顔に、わたしもつられて口元が緩んでいた。先生の表情がもつ温かさは、わたしの心にするりと入り込んできた。
──キーンコーンカーンコーン。
いつの間にか時間が過ぎていたようで、下校時刻の10分前になっていた。
そうだ、プリント埋めなきゃ。話に夢中で、すっかり頭から抜け落ちていた。
……と、いうか。もしかして、先生にとんでもない迷惑をかけてしまったのでは?
「先生、こんな時間までわたしといて、仕事とか大丈夫!?」
「え〜……それ、聞いちゃう……?」
えぇっと、これ、本気でやばいやつかもしれない。どど、どうしよう……!
覚悟を決めたわたしは、深く頭を下げて、
「本っ当に、ごめんなさーーいっ!!!! はいこれ、プリント!」
「うふふ。本当のことだと思った?」
「……え? え?」
先生は、意地悪そうな笑みを浮かべていた。もしかして……騙された?
「てへぺろっ」
そう言って、ウインクを1つ。
そのウインクはなんだか、一般人にしては綺麗すぎて。アイドルになるための、先生のかつての努力がありありと伝わってきて。
わたしは、目を背けたくなるくらいに眩しいもののように感じた。でも、それでは駄目だ。
「先生! わたしもウインク、できるようになりたい!」
「……ほんとう? 今の、そんなに上手だった?」
「うんっ! 本物のアイドルみたいだった!」
「そう……意外にも、衰えてないものなのね」
先生の夢はもう、なくなってしまっている。だけど、かつての努力はきっと残り続けるし、わたしのような後の世代に伝播させていくことだってできる。
いま音楽の先生をやっているのも、学生時代にアイドルを目指した経験と何か関係があるんじゃないかと思う。
無謀な夢を見てみるのも、悪くはないなぁなんて……そんなことを考える。
「でも、まずは。田野井さん、ちゃんと敬語を使えるようにならなくちゃ話にもならないよ?」
「ぎく……! いや、先生以外にはちゃんと敬語だもん!」
「うーん……私だけかぁ。喜ぶべきか、叱るべきか……よく分からないなぁ……」
今日、先生と話したことは、絶対に忘れないようにしたい。盛り上がって楽しかったし、新しい学びを得ることもできた。
「じゃあ先生、また近いうちに来ますね! ウインクはそのとき教えて!」
「うん。先生はいつでも待ってるよ〜」
「じゃ、さようなら!」
わたしが手を振ると、先生も振り返してくれた。優しい瞳に見送られて、わたしは音楽室を出る。
「よぉーし! 雫ちゃん、頑張っちゃうぞっ!」
小声で、そう呟く。廊下の窓から差している夕焼けが眩しくて、だけど不思議と心地よかった。
今度こそ諦めるな、わたし!
ドルオタ少女はまた、夢を見る 音多まご @nacknn10
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