第14話




「あ……おはよう」


「おはよう」



 夜空の瞳と見目麗しい顔。

 良い目覚ましだ。


 頭をポンポンされて起こされた。

 もっとしてくれても良いのだが……。もう窓の外は夜。

 また月が眠る頃には妾はここから解放されていると信じて背伸びをする。

 蒼い蝶を払いのけてリュネが手を差し伸ばす。こういう紳士的な対応もしてくれるようになった。最初は中々心を開いてくれない獣だったのだが…………。



「行くぞ」



 リュネも急いでいるのだろうか。外に出て、あのパーティの面々にでも叱責したそうだ。

 妾が何も聞かないから、言ってくれることはない。

 螺旋階段を登る度、蒼の蝶が気持ち悪いくらいに増えてくる。

 このダンジョンに蔓延る全ての蝶かもしれない。


 扉は無数の蝶が留まっていた。青白く光っていて暗闇でもよくわかる。人が違えば聖なる光で美しいとさえ思う。しかし妾を閉じ込める魔王だ。

 卑しく背筋が凍る。神々しい光は濁った光に感じる。


「この扉の向こうか」


「魔法を使ってサポートできんからな」


「問題ない」


 

 妾の不安を無くすように剣を見せびらかす。

 剣も貰ったものならまた妾が別のものを献上してあげよう。

 


 扉を開ける。

 ぐじゅと音を立てて開く。

 磯が邪魔をしているのだろう。

 

 その室内はブラウン管が所狭しと並んでいる。壁に沿って整頓されているが、長年で増加したモニターは四隅に積まれていた。

 そしてこの間を這蔦が人工さを中和していく。

 暗晦で陰鬱だ。


 童話に聞く魔王とはかけ離れた姿に場所。

 ドラゴンの部屋より幾分か狭い。

 モニターにはおそらく蝶々たちの目線らしき映像が映し出されていた。少し映像は荒れている。

 すべてを俯瞰してみると湖に映る月夜に見えた。


 ――これはこの部屋の映像のせいか。


 

 その中心の椅子と人影。



「わ、妾の枷を取って貰おう」

 


 妾が声をかける。久しぶりに声をかけるから、少し緊張した。

 ここに入るのも久しぶり――何千年ぶりか。

 ドアノブでさえ触れると怒られた。


 返事がない。

 空を切る。妾の髪がふわりと靡く。

 リュネが先手を打ち、駆け出していた。ドラゴンの時とは違う戦術か。まず物理が効くかもわからない。そのための戦法か。


 しなる脚首。

 剣を振りかぶる。

 椅子ごと袈裟斬りにする。更に魔王を覆い尽くし、喉元を噛み切る。……容赦無い。人であれば死。

 これは勝負あったか。

 夜空の瞳を見開く。



「――っ、硬い……? 骨……?」



 リュネが狼狽える。

 一人取り残された時のように。

 

 そして頭蓋骨を片手に持つ。モニターの煌々とした光に照らされ、妾の場所までよく見えた。

 ……もう死んでた?

 

 馬鹿な。

 妾もリュネのいる椅子に近づく。

 モニターや蔦で見えなかった生前お気に入りだと言っていた貝殻や漂流物が散らばっている。

 いつの間にか人間性を捨てていたのか。



「確かに……妾は、声を聞いたぞ」


「……そ……、は?」


 

 蝶々は相変わらず無数に羽ばたく。

 呂律の回らないリュネが片膝を着いた。それと共に骨も崩れ落ちる。

 ふわりと舞う蝶。鱗粉が御空色に燦く。場面が場面だ。そうでなければ、幻想的でさえ思えただろう。

 

 妾がそこまで駆け出す。

 その間の蝶を手頃な棒を拾って殴り落とす。


 いよいよ頭を抱え始めるリュネ。

 妾は背を撫でるしかできない。

 

 妾がリュネの対応を考えている中、『おとなしく額縁の中で記憶に残ってくれれば良かったものを……』という電子混じりの声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る