雛の心子知らず

あさぎそーご

雛の心子知らず



 本来なら雪解けの季節の筈なのに、まだ雪の舞い散る3月頭。高校2年生としての生活もあと僅かだ。

 うちの学校は3年もクラス替えがあるから、これが最後の課題授業になる。特に仲がいいとは言えないけれどそこそこ話はしたことがある男子二人と、赤ちゃんの頃から一緒にいる幼馴染と私、計4人で窓際に机を集めてノートを広げる。

 課題タイトルの後に日付を書きながら、幼馴染みの葉子が言った。

「ひなまつりといえばさぁ」

「ちらし寿司?」

 すかさず答えた眼鏡…早坂に便乗して、私も食い意地を前に出す。

「あー、おいしいよね。アレ。お花型のニンジンとかレンコンとか乗っててさぁ…かわいいの……」

「じゃなくて」

「は?なんだよ」

 夢心地な私の話を遮る葉子を、無愛想な滝瀬が急かした。葉子は勿体ぶるように鼻で笑い、シャーペンを顔の前に掲げる。

「ひなまつりといえば、ホラーっしょ」

「ないわ」

「えー?だってさぁ…まじ聞いてよ。ほんと、ホラーなんだから」

「いや、想像つかんが?」

「うちの雛人形、喋るんよ」

 否定的な相槌を続けていた滝瀬が口を開けたまま固まってしまった為、短い沈黙が訪れた。おかしな空気になっても困るので誤魔化しにかかる。

「またまた」

「オカルトかぁ」

 早坂も眉を下げて眼鏡を上げた。引き気味の3人に構わず、葉子は熱く語った。

「ほんとだって!毎年なんだから。でね、去年言われたんよ。「あなたの運命の相手は「ゆうた」だ」って…で、今「ゆうた」と付き合ってる」

「嘘。この前の人?」

 先輩の知り合いを紹介された時のことを思い出して身を乗り出す私に、葉子はドヤ顔で頷く。

 祝福する私と照れる葉子。その正面で滝瀬が呆れてため息を吐いた。

「偶然だろ?「ゆうた」なんてよくある名前じゃん…………俺もそうだし」

「えっ…やめてよ!あんたの下の名前なんて知らんし!まあ、偶然ってのは、そうかもだけどさ」

「酷ぉ…てか、人形が喋るだなんて…」

「え?見る?」

「は?」

「喋るとこ」

 葉子がさっと操作して差し出したスマホを、3人が半信半疑で覗き込む。

 流れたのは短い動画だった。

 レンズの前で大人しく座る雛人形…女雛が、しっかりと口を開けている。実に流暢に。頬と口元以外は動かないので不気味にも見えた。

 あまりのことに繰り返し再生されるそれを何度も確かめながら、男子二人がそれぞれに声を上げる。

「ま?」

「うわ…え?加工してるとかでなく?」

「そんな暇ないよ。今朝のやつだし」

 なにを隠そう今日は3月3日のひなまつり。ご家庭によって出す時期は様々だろうが、当日に雛人形が撮影されることに疑問などあるはずもない。

「てか…内容…」

「それな。はぁ…浮気かぁ…」

 お雛様曰く「そいつじゃない…そいつは浮気をしている。気を付けなさい」とのこと。先ほどまで意気揚々と話していた葉子も、流石に微妙な表情である。他3人は3人で、諸々飲み込めずに同じく微妙な顔をしているわけで。結果的に見事に微妙な空気になってしまった。

 仕方なく課題に集中しようとするも上手くいかず、進捗はいまいちのまま授業は終了した。



 翌日。



 登校するなり葉子が真顔で進言する。

「まじだったわ」

「はい?」

「ゆうた。浮気してた…」

 机に崩れ落ちるように座る葉子の言葉に唖然とし、私も隣の席の早坂も声を落とした。

「まじ?最低…」

「別れたん?」

「さすがに別れた」

「運命の人とは」

 滝瀬もやってきて軽口を叩く。葉子は「それな」と笑って横髪を耳にかける。

「でも大丈夫、落ち込みながらお雛様片付けてたら、励ましてくれたし」

「いや、ホラー」

「でしょ?でもね、気づいたんだよねぇ。あれ、お母さんの声だった」

 どこか嬉しそうな葉子を前に、私は固まった。代わりに早坂が相槌を打つ。

「あ、そいうこと?遠隔操作とか?」

「分かんない。まじ謎技術。でもホラーではなかったかも。だから昨日の話はナシってことで」

 そこで、別の友達に呼ばれて葉子は席を立った。残った3人はそのまま会話をつなげていく。

「ま、そう簡単に怪異なんか起きるわけ…」

 滝瀬が半端に言葉を切ると、早坂も気付いて私の顔をのぞき込んだ。

「どした?」

 言い淀みはしたが、一人で抱え切るには少し怖くて、申し訳ないと思いつつ正直に話すことにする。

「葉子の母親、葉子を産んですぐ亡くなってるんだよね」

「……は?」

「だから、少なくとも遠隔操作とかではないし……それに……葉子はお母さんのこと、写真でしか見たことないって」

「ん?ならどうして母親の声だって分かったんだ?」

 早坂の指摘に、3人は一瞬静まり返った。

 私は幼馴染みではあるけれど、葉子や葉子の父が葉子の母親の話をしている場面に遭遇したことはないし、動画のようなものの存在も知らない。

 数秒を経て。滝瀬が深呼吸の後、私に指を向ける。

「お前、ちょっと詳しく…」

「滝瀬が聞きなよ…「ゆうた」でしょ?運命の人なんだから」

「いや、それ信じんのかよ……ないない。ここは幼馴染のお前が適役」

「やめて…聞く勇気ない…」

「だよな」

 顔を覆った私に、早坂が同意した。


 失恋もどこ吹く風。通常営業に戻った葉子がそれ以上雛人形の話をすることもなかった為、結局真相は闇の中。


 しかし10年後、葉子は滝瀬と結婚する。


 雛人形は、2人が結婚したのと同時期に話さなくなったと、葉子は語った。



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