愛と策謀の雛壇絵巻
奈月沙耶
第一幕
ぼんぼりにあかりが灯るとわっと歓声があがり宴は盛り上がりを見せた。
左近の桜のはなびらがひらひらと舞い踊り。右近の橘の果実がつややかに彩られる。
きらびやかな屏風の前に並んで座した夫婦は、互いの顔を見ることはなく、ただひたすらに虚ろな目を空に向けている。
望んで夫婦となったわけではない。ふたりともそう思っていた。
この国の至高の地位にいる男君は孤独だった。早くに生母も父君もなくされ家族の愛を知らずに育った。
今に至るまで国政をほしいままにしている左大臣に幼くして皇位に担ぎ上げられたが、それも望んだことではないと男君は後ろ向きだ。
自分はただ、心から愛する女人と穏やかに過ごせればそれでいいのに。そんなささやかな願いすら思いのままにならない。玉座とは虚しいものだ。
女人の中の女人、女性としての栄華を極めたはずの女君は心を閉ざしていた。当然だ。この日のために、彼女は愛しい愛しい
許さない。もう誰にも心を開かない。身をまかせることになったとしても、もう誰も愛さない。
若く美々しいおふたりの下に控えた三人の女官たちも、宴の喧騒をよそにそれぞれの物思いにふけっていた。
目鼻立ちのととのったいちばん若い女官は、主上の目を引こうとなみなみならぬ気迫で
たとえ一夜のたわむれだろうと、お手付きにさえなれば宮中での存在感はぐんとあがる。なにかとうるさい上司の鼻も明かしてやれる。
何より、彼女は若々しく美男子でもある帝王を深く慕っていた。間近で尊顔を拝し、女官は頬を紅潮させる。
反対側で酒の入った
宮中で、比較的話をしやすい若い公達はしょせんはそれなりでしかない。ここは発言力のある大臣の誰かに近付きたかった。
年若い右大臣は、今宵妹君を宮中にあげたこともあり気が大きくなっていることだろう、頼み事はしやすそうだ。
うわついた年少のふたりの真ん中で
宮中では、見ざる聞かざる言わざる、気配を消していない者のように振る舞い、中立に徹し誰の味方にもならない、これが生き抜くコツであるのに。
笛太鼓をかきならす五人の楽人たちは、行動をおこす瞬間をいまかいまかと待ち構えていた。
彼らは、先帝の弟宮――今上の叔父君である亡き院に仕えた者たちだった。先帝崩御の後、御位に就くのはほんとうなら弟宮であられた。それを、だまし討ちで左大臣が幼帝を担ぎ出したのだ。
失意の弟宮は自身の意志とは関係なく泣く泣く出家させられ、さらなる冷遇に耐えきれずお亡くなりになった。
今宵、亡き主人の恨みを晴らす。五人は、毒針や匕首などを仕込んだ楽器で宴を盛り上げる。
華やかな宴の御膳を前に会場を睥睨する左大臣は、厳めしい表情で心中の怒りを抑え込んでいた。まさか若造に出し抜かれ皇后の位を奪われるとは。
右大臣の思惑を阻まんと手の者に女君を誘惑させたというのに、育ちの良いぼんぼんなだけだと侮っていた右大臣は思わぬ非情さで、あっさりと妹の想い人を始末してしまった。
だが、まぁ、いい。ちらっと上座を見上げて左大臣は溜飲をさげる。あの女君はそうとう拗らせてしまったようだ。あれで寵愛を得られようはずもない。
早々に主上がお好みの女人を捜して、あてがうこととしよう。こちらの息のかかった皇子が産まれさえすればよいのだから。
老獪な左大臣の読みどおり、右大臣は、得意満面というわけではなかった。強引に入内させた妹が懐妊できるかは心もとない。
妹付きの女官は積極的なようだから、時間稼ぎにあの娘を後押ししようか。左大臣の息のかかった女が
そしてなんとしても妹に皇子を産んでもらわねば。名医をさがして懐妊の補助薬をつくらせ、ありとあらゆる名僧に懐妊祈願の祈祷を依頼しよう。わが家門の栄達は妹の腹にかかっているのだから。
雲上人たちの腹案など知ったことではない
身分の高い方々は、そんな三人の表情に気付きもしない。下働きの庶民など、彼らにとっては犬猫と同様だ。いや、愛でられることもあるだけ犬猫の方が上等かもしれない。
で、あるからこそ。雑役の仕丁たちは今宵、ある使命を与えられていた。
今まさに、東国から兵を率いた反乱軍が都に向かっている。この宮城をめざして。身分の高い方々は知らない下々の者たちの抜け道をつかって、彼らは反乱軍の手引きをすることになっていた。
ああ。今日は楽しいひなまつり。
愛と策謀の雛壇絵巻 奈月沙耶 @chibi915
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