緑の星は瞬かない

坂神京平

【 1 】



 藤澤ふじさわ歌恋かれんは、星澄ほしずみ文化ホールでもよおされる来年三月の公演を最後の舞台にするという。それにともない、所属グループ「星が降る夜の季節」から卒業して、アイドルを引退するらしい。


 コアなファンは以前から噂していたのだが、ついに公式の情報がSNSで、当人の自筆による挨拶文の画像を添えて発表された。

 藤澤の卒業に関するコメントは、在籍した八年の月日を反映し、決して短くはなかった。

 アイドルとして駆け抜けた日々を回顧しつつ、現在の心境や多くの人々への感謝を、柔らかな言葉でつづっている。



 僕はスマートフォンでそれを読み、藤澤の言葉を咀嚼そしゃくしようとした。

 後々振り返ってみたとき、文中に取り分け忘れられない箇所があった。


【たとえ私が卒業しても、夢は続きます。星空に果てがないように、どこまでもずっと】


 グループ名になぞらえたそれは、甘い感傷のただよう表現だった。



「いやあ、レンちゃんもついに卒業かあ。いずれこういう日は来るものだけどねぇ」


 知人の大柴おおしばは、休日の午前中からファーストフード店に僕を呼び出すと、訳知り顔で言った。

 早めの昼食にチーズバーガーをかじりながら、アイドル談義をする相手が欲しかったらしい。


「これで『ホシノキ』も初期メンバーが全員いなくなることになるな。でもまあ恋ちゃんはよく頑張ったよ。グループを昔から、地味に支え続けてきたし」


 大柴は、僕と同じく約七年前から、「星が降る夜の季節(通称ホシノキ)」の活動を観測している。ただし並行して、常時三つか四つのアイドルグループを追い掛けているそうだ。

 僕と大柴は、あるときライブ会場で面識を得て以来、交流を持つようになった。互いに三〇代半ばで男同士だから、話しやすい。



 ――女の子がアイドルでいられる時間は、ほんの一瞬だ。


 僕は、いわゆる「推し」の卒業に直面し、今更それを痛感していた。

 トレイの上のセットメニューを、見るともなしに黙って見る。



 それから嘆息し、静かに思いを致した。

 かつて僕が藤澤歌恋を知り、ライブへ通うようになった頃のこと。

 彼女がおそらくは多くの辛酸をめ、藻掻もがき続けたのであろう日々のこと。

 そうして、最後まで主役にはなれなかったことについて――……

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