ジョリー塚田の3分クッキング

おなかヒヱル

……

「さぁ、今週もやってまいりましたジョリー塚田の3分クッキング。先生、今日もよろしくお願いします」

「よろしこ」

「え?」

「どうでもいいけど、そのエプロン似合うじゃないの」

「えぇ、ちょっと……彼女からのプレゼントなもので」

「……」

「いや先生、無視しないでくださいよ」

「そんなことよりちゃっちゃと今日の献立を発表しなさいよ。このウスノロ」

「自分からエプロンのこと聞いといてなんですか……わかりました。では、今日の献立を発表します! デレレレレレレレレレレ、デン!」

「カツ丼!」

「いや、それ僕が言うんですよ」

「まずタマネギをですね」

「あ、もうやるんですね」

「そうよ、料理はスピードが大事なのよ。ついて来れるかしら、この私のスピードに」

「まず、タマネギの皮からですね」

「そうね、皮をむきおわったら包丁で輪切りにします。さぁここで問題。タマネギを切るとなぜ涙が出るのでしょう〜〜〜か! シンキング・タァ〜イム!」

「えぇ〜っと……なんでだろう? ん~~っと……」

「はい、ダメ。お前はダメだ、無能だ」

「そんなぁ、こんなことで無能呼ばわりしないでくださいよ。それで、答えはなんですか?」

「知りたい? そんなにタマネギの秘密を知りたいの?」

「えぇ、知りたいです。僕はタマネギの秘密を知りたいです」

「じゃあ、教えてあげる。タマネギを切ると涙が出る理由はね、タマネギの痛みが、われわれ地球人の心に作用するからよ」

「えっ、そうなんですか」

「そうよ。もうやめて、痛いよ、痛いよ。タマネギは切られるたびに私たち地球人にテレパシーを送ってくるの。でも、私たち地球人はとても鈍感だからタマネギのテレパシーを上手く受信することができない。でもね、稀にその鈍感の壁を突破して心の深奥に届くテレパシーがあるの。それが私たちに涙を流させてるのよ。心の奥深くに届くタマネギのレター、それが涙の正体なの。わかった?」

「でも先生、なぜタマネギだけが涙を流させるんですか? 他の野菜では涙なんか出ませんよね?」

「それはタマネギが宇宙の野菜だからよ。タマネギは遥か昔、古代メソポタミア文明のころに地球に降り注いだと言われているの」

「えっ、タマネギって古代メソポタミア文明のころに地球に降り注いだんですか?! それがタマネギの始まり?」

「そうよ。恐竜が絶滅したのだってタマネギが原因よ」

「えっ、恐竜が絶滅したのってタマネギが原因だったんですか?!」

「そうよ、降り注いだのよ」

「ちょっと待ってくださいよ。恐竜が絶滅したのって隕石の落下が原因なんじゃなかったでしたっけ?」

「ちがうわよ、タマネギの落下よ。ある日タマネギが降り注いで恐竜たちを絶滅に追いやったのよ。これがいわゆる恐怖の大魔王ってやつよ」

「なんですかその恐怖の大魔王って?」

「あなた知らないの? ノストラダムスの大予言」

「いや、ノストラダムスは知ってますけど、あれはたしか1999年に世界が滅ぶというやつですよね。それと恐竜の絶滅とどういう関係があるんですか?」

「べつに関係なんかないわよ」

「え?」

「ノストラダムスは1999年に人類が滅ぶと予言したわけでしょう?」

「ええ」

「それと恐竜の絶滅とどういう関係があるのよ」

「いや、それはこっちが訊いてるんですよ。先生が関係あるみたいなこと言うから」

「関係なんかないわよ。だいたいタマネギが降り注いで恐竜を絶滅させたなんてそのへんのアホなSF作家ぐらいしか思いつかないネタよ。バカね」

「じゃあ古代メソポタミア文明にタマネギが降り注いだというのも……」

「嘘よ」

「最初に言ったタマネギのテレパシーの話も……」

「嘘よ。だいたいね、タマネギに大気圏が突破できるわけないじゃないの。タマネギを切ると涙が出るのは硫化アリルが原因なの。説明はグーグルの受け売りになっちゃうから自分で検索しなさい。はい、じゃあ次は卵を溶いで。私はタマネギを炒めちゃうから」

「わかりました。僕は卵をかき混ぜればいいんですね」

「ちがうわよ、卵はかき混ぜちゃダメ。菜箸を前後に動かすの。こうやって切るような感じ」

「なるほど、こうですね」

「そう」

「そしていよいよカツを揚げるわけですが」

「カツはね、チキンを使います」

「豚じゃないんですね」

「カツ丼に豚を使うなんて邪道よ。そんなことやってるのは日本人だけよ」

「えっ、でもカツ丼は日本の料理ですよね?」

「そんなことあなたに言われなくてもわかってるわよ。カツ丼なんてほとんど日本でしか消費されてないでしょうよ」

「ではなぜそのほとんど日本でしか食べられていないカツ丼に日本人が豚肉を使うことが邪道なんですか?」

「それはね、豚がバミューダトライアングルで消えた人たちの仮の姿だからよ」

「えっ、豚はバミューダトライアングルで消えた人たちの仮の姿なんですか?!」

「そうよ。バミューダ諸島の魔のトライアングル。そこで消息を断った旅客機の乗組員たちの可能性があるのよ、豚という動物には」

「知らなかったぁ」

「ね、世の中知らないことだらけでしょ?」

「そりゃ、使うわけにはいかないですよね。だってもともとは人間なんですから」

「そうよ、あなた頭いいわよ」

「じゃあもうこれはチキンしかないですね」

「そうよ、カツ丼はチキンしかないのよ」

「わかりました。では、このチキンを熱したサラダ油に入れると」

「うん、本当はそうなんだけどね。今日はもうめんどくさいので出来たやつを用意しました」

「あ、もうあるんですね」

「これをレンジでチンしてね、さっきのタマネギに卵を溶いたやつを温めて、適当にどんぶりにご飯をよそって、あとはもうぶっかけて出来あがりよ」

「先生、ずいぶん近道しましたね」

「呆れた。あなた人生に近道があると思ってるの?」

「えっ、でも、仮に10年かかるところを5年で行けたら近道できたと思うじゃないですか。今だって、鶏肉を揚げることを端折ったのは近道ですよね? 逆に、目的があるのにギャンブルとかにハマって散財してその目的を達成するのに時間がかかってしまったら遠回りしたって思うじゃないですか」

「はぁ〜、ため息。ため息よ。あなたね、それは遠回りでも近道でもなくて、もともとその道しかなかったってことなのよ。人生には近道も遠回りもないの。ただ真っすぐな一本道があるだけなの。その真っすぐな一本道で、人は迷って立ち止まって、そしてまた歩き出すのよ」

「遠回りとか近道というのは、人間の勝手な想像であって、そんなものは現実には存在しない。現実には、ただ真っすぐな一本道があるだけだと、そういうことをおっしゃりたいのですか?」

「そう、だから人間というのは、その真っすぐな一本道で迷子になっている愚かな生き物だとも言える」

「では先生、なぜ人はそんな真っすぐな一本道で迷うのでしょうか?」

「それは欲望から来る他者との関係よ。その一本道には当然他の人も歩いてる。目的地に辿り着きたいと誰もが思っている。そこで他者と自分とを比較して良い気になったり落ち込んだりする。それが癖になると、苦しくなって他者が壁に見えたり踏み台に見えたりする。そうすると、一本道だった真っすぐな道が、いつの間にか迷路に思えてくる」

「でもね、先生。人間ってどうしても自分と他人を比べてしまうじゃないですか? 比べなきゃいいって言う人もいるし、実際に比べない人もいるのかもしれないけど、僕なんかはどうしても自分と他人とを比較してしまうんですよね。そうすると……うん、やっぱり、傷ついたり嫉妬したりすることのほうが多いかもしれないですね」

「それでいいのよ。私がこの惑星に来て観察した限り、人間は他者と自分とを比べる生き物。そして嫉妬して傷ついても尚、それをやめなようとしない。なぜなら、それを行うことで、人は自分の孤独を確認しているから」

「先生?」

「人は、群れをなさなければ生きられないと同時に一人になりたがる矛盾した生き物。常に他者にさらされて孤独を欲した時、自分と他人とを比較する」

「先生、あなたは一体?」

「10年だったかしら? この番組も、今日で終わりね」

「あっ、先生が光った!」

「私はゲボボック星人。この地球を、侵略を前提に偵察に来た異星人よ」

「うわぁ~! 屋根が吹っ飛んだ!」

「その偵察も、もう終わり。この惑星に侵略の価値はない」

「ああっ! UFOだぁー!」

「迷ってもいい、比べてもいい。そのかわり、歩くことだけは諦めないで」

「あっ、せっ、先生が、UFOに吸い込まれて行く!」

「侵略する価値もない愚かな人間たちよ。これからも、自分と他者を比べて、たくさん嫉妬して傷つきなさい。それは、あなたが一人じゃないということだから」

「先生! 先生が行ってしまう。先生ありがとう。僕は迷いながらも生きて行きます。この先も、ずっと。先生、本当にありがとうございました!」

「道に迷って落ち込んだら、美味しいものをおなかいっぱい食べるのよ。私の教えたレシピ、忘れるんじゃないわよ。じゃあ、元気でね」

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ジョリー塚田の3分クッキング おなかヒヱル @onakahieru

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