第3話 トラとカエルの子


「ともかくです。今回の事件の難易度はかなり高い。校長室は、職員室の隣です。職員室には先生たちがいます。週末だって、部活動やらなんやかんやで先生は出勤してきます。その先生たちの目をかいくぐって人形を持ちだすのは難しいことです。しかも最初の一人は簡単かもしれませんが、次からは、みんなが用心しているのです。先生たちの監視の目はかなり厳しくなっていたのではないでしょうか」


「でしょうねえ」


「じゃあ、その監視の目をかいくぐって、どうやって人形を持ち出したのか。そして、先生が言うように、動機はなにか」


「踊る人形の案はどこに行ったのですか」


「あれは冗談です」と咳払いをした後、おれは先生をまっすぐに見た。


「オレはこう考えます」


 オレの推理はこうだ。犯人はきっと、教頭の安岡だ。教頭とは、朝一番に登校してきて、学校を開けることが多い。たった一人になる時間があるのは安岡しかいない。安岡は、早朝に校長室の前から人形を盗み出した。小さい人形とは言え、全部を持ち出すことは困難。一体ずつ丁寧に持ち出したのだ——。


 安岡はいつも高級車を乗り回している。資金繰りが厳しくなってきたのだろう。ひな人形を売りさばき、その資金を借金の返済に充てているに違いない。


「人形が紛失した日をカレンダーに落とし込んだところ、週末は無事です。安岡は部活動を受け持ってはいないから。週末に出勤することはない。安岡の出勤簿と照らし合わせれば、それは一目瞭然です」


「まあ。もっともらしい言い方ですけど。安岡先生と同じ勤務体制の職員は他にもたくさんいますよ。例えば、僕とかね。それになんです? 勝手に安岡先生が借金で苦しんでいると決めつけて。確かに高級車に乗っていますけど。あれは、先生の唯一の趣味です。奥様も公認だそうですから。借金の話は妄想としかいいようがありませんね」


 江刺家先生はくぐもった不気味な笑いをした。


「まあ、しかし。そういう考えは悪くはない。君は、やはり犯人は教職員の中にいると思っているのですね?」


「そうですよ。生徒ではありえない。もし生徒が犯人なら、もっと面白いことをしますよ。例えば、人形を盗み出して、他の場所にこっそり置いておくとか。そうすれば、人形が勝手に移動しているみたいで面白いじゃないですか」


「君が犯人ならそうするってことですね」


「ぐぬぬ。ああ、頭が痛い気がしてきたぞ」


「おかしいですね。心が痛いのでは?」


 悔しい。こいつめ。こいつめ。こいつめ……。

 江刺家先生を罵る(?)ような言葉を心で吐いていると、彼はふとその眼鏡をはずした。


 いつもは分厚い瓶底眼鏡で隠されているそこには、漆黒の双眸がきらりと光っている。その瞳に見つめられると、オレの心臓はまるで矢でも突き刺さったみたいに、動きを止めた。


 ——出た。これが江刺家。女子に人気の理由。


「いつもいつも、中村くんのくだらない推理に付き合っている暇はないので、種明かしをしてあげましょうか」


「た、種明かし?」


 彼の視線がすっと離れていく。オレは、トラに睨まれたカエルだ。あれ? トラでいいんだっけ? ヘビ? あれれ?



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