信仰の街


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「この街では、信仰は義務じゃない。ただの取引だ」


そう言って、露店の主人は銀貨を指で弾いた。陽の光を反射して輝くそれは、まるで祝福を受けたかのようだった。


「じゃあ、信仰しないとどうなる?」

「損をするだけさ」


私は目の前の神殿を見上げた。黄金の装飾が施されたその建物は、街のどこからでも見えるほど巨大で、威厳に満ちていた。だが、そこに祀られる神が人々を愛しているわけではないことは、誰の目にも明らかだった。


この街の神は、信仰する者に恩恵を与える。健康、富、運、あらゆるものが手に入る。しかし、それは信仰心の深さに比例している。


「信仰ポイントってやつさ。祈れば祈るほど、神はお前に報いてくれる」


街の人々は、食事の前に祈る。仕事の合間にも祈る。夜寝る前にも祈る。いや、祈るどころか、わざわざ神のための奉仕活動までして、少しでもポイントを稼ごうと必死だ。


「……それで、もし信仰しなかったら?」


露店の主人は苦笑した。


「お前、正気か? ただのバカか?」


その答えは明白だった。信仰しない者には何の恩恵もない。それどころか、周りの人間から冷たい視線を浴びることになる。なぜなら、信仰することで得られるメリットは、自分だけのものではないからだ。


例えば、ある家族の父親が信仰熱心なら、その家は繁栄する。しかし、家族の誰かが信仰を怠れば、その分の恩恵は減る。だから、家族同士で監視し合い、互いに信仰を強要するのが当たり前になっていた。


「この街にいる限り、信仰しないって選択肢はないんだよ」


主人の言葉を聞きながら、私は自分のポケットを握りしめた。


中には、一枚の古びた紙がある。そこには、こう書かれていた。


「神を信仰する必要はない。ただし、神のシステムを利用しろ」


私はゆっくりと笑みを浮かべた。


この街で生き残る方法は、ただ一つ。

信仰のふりをして、神を利用することだ。

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1ページ完結 短編集 ファンタジー @RYO-o-o_o-_-

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