桃の節句に溜息
石田空
三月三日生まれだから「桃子」
三月三日。桃の節句。ひなまつり生まれ。
この時期に生まれたことには、私にとっては憂鬱しかない。
「桃ちゃんお誕生日おめでとう」
小さい頃はそれにヘラヘラ笑っていられたけれど、だんだん笑えなくなってきたのはいつだろう。
桃の節句生まれだからと、古臭い名前で桃子なんて付けられてしまい。女の子の日に生まれたからと、毎年のようにひな人形を飾られて、きちんと桃の花も供えられてお祝いされてしまう。
幸か不幸か、その時期は中学校の場合は期末試験や高校受験と被っていて、誰も人の誕生日を祝っている暇がないと忘れてくれるからよかったけれど、高校に入学した途端に、スマホアプリで【おめでとう!】と桃の花のスタンプと一緒にお祝いされるようになってしまって嫌だった。
「なにがそこまで嫌なの。いいじゃん。三月三日生まれ」
「どこがあ。三月三日なんて暦の上だと春なだけで、まだくっそ寒いし、皆忙しくって祝ってくれる人なんていませんし」
バイト先がマスクゴム手袋完備の清掃バイトでよかった。制服姿で掃除道具一式を乗せたカートを押していたら、誰もかれもが下手なことを言わないのだから。先輩と一緒に閉店したばかりのショッピングモールをせっせと掃除していく。あちこちの隅に寄せられたゴミを拾い集め、手すりをキュッキュと磨いていく。
誕生日をひなまつりのお寿司とひな人形で未だに祝われるのが嫌で、高校に入ってからというもの、誕生日近辺はバイトで埋めて、誕生祝いできませんという空気をキープしていた。
それに先輩は呆れた顔をする。
「いいじゃん。自分なんて五月五日生まれだよ」
「端午の節句の日っすかあ。菖蒲湯は健康によさそうですね」
「皆が皆こどもの日を祝う訳ねえじゃん。皆ゴールデンウィーク最終日で学校行きたくなくてうだうだしている日だよ。年々誕生日のありがたみが薄れるよね」
「まあ、そうですよねえ」
「あの桃の場合は女の子扱いされるのが嫌?」
「まあ、それもありますよねえ。わかりやすい女の子の名前、女の子の日生まれ、むっちゃ女の子扱いされる。逃げ場なくないですか?」
それは人それぞれなんだろうけれど。私が桃の節句生まれのせいか、桃の花の付いたプレゼントやら、ピンク色のお土産やら、桃の香りのものとかがやたらめったら集まる。
フレグランスなら、私は本当はフルーツ系やフローラル系よりもウッド系のほうが好みだし、色もピンク、それも桃色に限りなく近い明るい色よりも、パステルブルーとか柔らかい色の青のほうが好きだった。
勝手に呪いをかけられた上に、それが好きなんだろうと決めつけられても困る。別に好きじゃない。
こうやって顔を隠してバイトしているのだって、女の子扱いされずに済む数少ないバイトが、清掃員だったからというのがある。
ショップ店員バイトをしたら、なぜかナンパされる、嫌がらせをされる、挙げ句の果てに怪奇文の手紙が届くようになって、店長に謝られながら辞めたことだって一度や二度ではない。順調に呪いが完成しつつあるんだ。
それにげんなりとしていると、先輩が言った。
「でも自分は桃が女子でよかったと思うけどなあ」
「はあ? どうして」
「自分とこんな時間にしゃべってくれるのなんて、桃くらいだし」
そう先輩はしみじみと言った。
先輩は先輩で大変みたいだった。ほぼ家出同然で都会まで出てきて大学に入り、あらゆる伝手を使って戸籍を隠さなかったら実家に呼び戻されるらしい。実家がすごい因習溢れる田舎なのか、すごい訳ありの家なのか、はたまたすごい名家までは知らないけれど。
端午の節句に生まれたせいなのか、先輩は長男として呪われてしまっているらしい。
その気持ちは私にもわかった。
「まあ、先輩も大変ですよね」
「うん、大変」
互いに大変だよねとねぎらいつつ、私は先輩がちゃんと大学を卒業できますように。実家から逃げ切れますようにと、祈らずにはいられなかった。
呪われている者同士、今はまだこの関係に名前は付けたくなかった。
<了>
桃の節句に溜息 石田空 @soraisida
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